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第三章 中立領域に於ける交戦国の行為又は個人の行為に関する中立国の権利義務(即ち禁遏の義務及之に関連する権利)

 第二章において、立は、中立国の具体的な義務である避止の義務(回避義務)、禁遏の義務(即ち防止の義務)、寛容の義務の三種のうち、避止の義務について説明している。次いで第三章では、禁遏の義務について説明している。その説明を見ていこう。

第三章の目次構成は以下のようになっている。
 第一節 概説
 第二節 中立領域の不可侵
 第三節 中立領域による庇護


 
 第一節 概説

 禁遏の権利の種類――中立領域の不可侵権と中立領域による庇護権 

第三章は長いので、今回は第一節だけを見ていくことする。一方の交戦国に対する禁遏の義務は、他方の交戦国に対する禁遏の権利となる。禁遏の権利は、平時から存在する一国の領域を侵されざる権利が戦時で発動されたものである。従って、禁遏の権利は、中立領域の不可侵権と位置づけることが出来る。

 そして、中立国は、中立領域の不可侵権に基づき、戦争の禍害を避けて助けを求める者を収容する権利をもつ。これを中立領域による庇護権という。

 不可侵権と庇護権は、主に交戦国の機関に関して行使されるが、中立領域内に居る交戦国人、自国人、他の中立国人に関して行使されることも時に存在する。

 中立領域の不可侵権は、行使しない時は、通常、他方の交戦国に対する禁遏の義務を欠くこととなる。しかし、禁遏の義務の範囲を超えて、禁遏の権利が認められる場合がある。

例えば、国内の民間人が武器などの軍用材料を交戦国に輸出するのを禁遏するのは中立国の義務ではないけれども、中立国は裁量により輸出を禁遏する権利をもつ。ただし、公平不偏の義務があるから、双方の交戦国に対して均等の条件で行わなければならない。この禁遏措置に対して、交戦国は異議を唱えられないのである。

 禁遏の義務 

ここまで禁遏の権利という観点から見てきたが、中立国の禁遏の義務が、中立条約によって明確に確かめることが出来る。1907年の陸戦中立条約(陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約)では、第2条から第4条で交戦国がしてはいけない事項を挙げている。第2条では中立国の領土通過、第3条では中立国領土内に無線電信局を設置すること等、第4条では中立国領土内で戦闘部隊を編成したり、徴募事務所を設置したりすることを禁止している。

 そして、この3カ条の規定を受けて、第5条では、第2条から第4条までの事を交戦国に許してはいけない中立国の不寛容の義務=禁遏の義務を規定している。 

 海戦中立条約にも、「中立国は、其の港、泊地及領水に於て前記規定に対する一切の違反を防止せむか為、施し得へき手段に依る監視を行ふことを要す」(第25条)とあり、ここでも、禁遏の義務の存在が明らかにされている。

 中立国の領海及び領空の範囲の問題  

 なお、戦時に於ける中立国の領海及び領空の範囲について問題が生ずることがある。中立国側の態度としては、中立国の中には、その領海を3浬以上ものとして主張する国もあるし、領海の普通の範囲を超えて戦時に於ける中立尊重区域を主張する国もある。

 交戦国の態度としては、中立国の主張を尊重すべきとする国もあれば(フランス)、自国の領海又は中立尊重区域に関する主張と同様の範囲を中立国に認める国もある(ドイツ、イギリス)。



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第二章 中立国の行為に関する中立国の権利義務(即ち避止の義務及び之に関連する義務)

 第一章では、抽象的・理念的な公平不偏の義務に加えて、中立国の具体的な義務として、避止の義務(回避義務)、禁遏の義務(即ち防止の義務)、寛容の義務の三種を挙げていた。第二章では、この避止の義務とこれに関連する義務について説明している。

 軍隊・軍艦の供給等

 中立国は、直接間接に、一方の交戦国に対して戦争に関する援助を与えられない。従って、一方の交戦国の作戦行動を援助できないし、交戦国に軍隊を供給できない。また、如何なる名義であろうと、交戦国に対し、軍用にできる船舶、航空機又は兵器弾薬その他の軍用材料を直接間接に供給できない(海戦の場合に於ける中立国の権利義務に関する条約第6条)。現時に於いては、昔時と異なり、平時に結んだ条約に基づくとしても、戦時に軍隊や軍用材料を供給するは中立義務違反となることに注意されたい。

 中立国政府が、直接に軍用材料を供給しなくても、他人に売却して間接に交戦国の手に渡る場合でも、売却の際に、手に渡ることを知り、又は知るべき状態にあった時には、中立義務違反である。
 また、「中立国の会社が、中立国政府の戦時補助巡洋艦として使用すべきを予め特約せる船舶を売却せんとするを、中立国政府に於て許可するときは、中立国の補充海軍力の一部を交戦国に供給することを認むることとなるが故に、中立義務違反と言ひ得るものの如くである」(509頁)。

 金銭の供給

 次に金銭の供給に関してであるが、中立国自身は、いかなる名義でも、軍資金の供給を出来ない。交戦国に金銭を貸与し又は信用を供与できない。どのような種類であれ、金融上の援助をできない。また、中立国政府は、一方の交戦国の公債の募集に際し、公債の保証を為すことはできない。

 中立国の公船、中立国の公許水先人

 中立国の軍艦等の公船は、一方の交戦国のための軍事関係輸送に従事してはならない。また、戦争上一方の交戦国を利すべき報道をその交戦国に与えてはならない。また、中立国の外交官などの機関も、戦争上一方の交戦国を利すべき報道をその交戦国に与えてはならない。

 中立国の公許水先人は、交戦国軍艦で使用するに任せてもよい(海戦の場合の中立条約第11条)。しかし、中立国の水先人が、海難の場合を除いて公海に於いて、一方交戦国の軍艦の水先案内をするときは、必ず他方交戦国の抗議を受けることになる。

 その他

 当然ながら、中立国は、交戦国の作戦行動を妨害してはいけない。また、戦争に実際上関係ないような特別の場合を除き、戦争中、交戦国の領土を譲り受けられない。

 また、当然ながら、中立国は、交戦国に対して敵対行為を行えない。だが、交戦国の兵力が中立侵害を行う時に強力を使用することがある。例えば、交戦国の軍艦が中立港で敵船を拿捕しようとした時、或いは交戦国軍隊が中立国の領土を通過しようとするときには、中立国は兵力を用いることがある。

 ただし、これは、開戦の意思に基づくものではないので、戦争開始を致すべき敵対行為と認めてはならない(陸戦中立条約第10条)。


第二篇中立法規第一章 中立汎論

 戦時国際法の5原理

 前回までで交戦法規が終わった。一部抜けているが、今日から、第二篇中立法規に入っていくこととする。最初に、戦時国際法全体の原理、そして中立法規の原理を押さえておきたい。前に、「交戦法規の基本観念、性質及び其拘束力(第一篇第一部第一章第六、七節)」という記事で、戦時国際法の原理を5点で捉えた。即ち、その5点とは、以下のものである。

 第一原理……交戦国は、戦争の目的(敵の抵抗力を挫くこと)を達するに必要な害敵手段は、特に反対の規則がない限り、用いることができる。

 第二原理……人道主義、騎士道の精神、精錬された利己心、正義の観念といったものが重視される。第一原理と第二原理を突き合せて、先ずは交戦法規違反かどうかが判断される。

 第三原理……第一原理と第二原理を突き合わせて交戦法規違反という判断が出たとしても、結局は合法であるという結論になる場合がある。それは戦時復仇が当てはまる場合である。戦時復仇は、国際条約に規定があるわけではないが、国際慣習法として明確に成立している。例えば交戦法規上毒ガス兵器の使用は禁止されているが、相手方が用い続けている場合には、使用を辞めさせるために、こちら側も毒ガス兵器の使用を行うことが出来る。この戦時復仇の論理は、第三原理として捉えられよう。故意・過失の問題と共に、この論理に関する議論も極めて不十分なように思われる。

 第四原理……交戦国同士の関係だけに焦点を合わせていれば、交戦法規の原理は一応以上の三原理で捉えられよう。だが、戦争法規全体又は中立法規のことも考えるならば、中立国の主権及び国際商業の維持という思想も重要なものとして浮かび上がってくる。この思想は戦争法規全体で考えれば、第四原理と捉えることも出来よう。

 例えば、交戦国側からすれば、第一原理からすれば、中立船舶に積み込まれた敵貨を没収しよう、いや更にはこの中立船自体も没収しようということになろう。これに対して、中立国側からすれば、第四原理(中立国の主権及び国際商業の維持という思想)からすれば、中立船に一切交戦国の手を触れさせないでおこう、ということになろう。パリ宣言第二則は、この二つの原理を調整して出来上がったものと捉えられる。
  第二則 局外中立国の旗章を掲くる船舶に搭載せる敵国の貨物は、戦時禁制品を除くの外之を拿捕すへからさる事

 第五原理……更に言えば、中立法規と関連して、第五原理ともいうべきものを追加した方がよいと思われる。それは、交戦国双方に対する平等原則とも言うべきものである。中立国は双方の交戦国に対して公平平等の態度をとらなければなららないというものである。
  公平平等の態度を採らない場合には、事柄によっては、中立国は交戦国から武力攻撃される事態も発生することに注意しなければならない。

 以上の原理のうち、最も強力な原理は、第一原理である。中立法規について考える場合には、第一、第四、第五原理の兼ね合い、調整というものが重要となろう。

 では、中立法規を読み進めていくこととするが、最初に、第二篇中立法規の目次を掲げよう。

第二篇 中立法規
第一章 中立汎論
第二章 中立国の行為に関する中立国の権利義務(即ち避止の義務及び之に関連する義務)
    ……交戦国に軍隊や武器を供給しない義務等
第三章 中立領域に於ける交戦国の行為又は個人の行為に関する中立国の権利義務(即ち禁遏の義務及之に関連する権利)     ……交戦国軍隊を通過させない義務など
第四章 中立国臣民の行為に関する中立国の権利義務(即ち中立国臣民の行為に関する禁遏の義務及容忍の義務並に之に関連する権利) ……臣民による武器供給、軍艦供給他
第五章 戦時禁制品
第六章 封鎖
第七章 軍事的幇助即非中立役務 
   ……例えば中立船舶による交戦国軍人輸送や情報伝達が軍事的幇助とみなされ、没収されることあり。
第八章 中立船舶の臨検及拿捕
第九章 中立船舶の審検
第十章 非常徴用権又は交戦国に一時的に存する中立財産の徴発の権利 
  ……戦争の必要上已むを得ざる場合に於いて、自国の領土領海に一時的に存する中立財産を使用または破壊する権利のこと



 今回は、「第一章 中立汎論」を見ていく。第一章の目次構成は次のようになっている。
 第一節 中立の概念
 第二節 中立の種類  
 第三節 中立の始期及び終期   
 第四節 中立に関する権利義務概説 
 第五節 中立の侵害及中立国の責任 
 第六節 国際連盟規約及不戦条約と中立
 
 
 第一節 中立の概念 第二節 中立の種類 第三節 中立の始期及び終期  

 中立とは、戦争に与からざる国家の状態

 第一節から見ていくならば、ここでは、中立とはどういうことか、その観念がまとめられている。中立とは、戦争が行われているときに、戦争に与からざる国家の状態のことである。戦争に与かっている国家が交戦国、戦争に与からざる国家が中立国(neutral State)ということになる。

「陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約」第16条には、「戦争に与からざる国の国人は中立人(neutrals)と為す」という原則が定められている。

 学説の沿革

 学説の沿革を探ると、1625年のグロチウス『戦時及平時法規』(『戦争と平和の法』)では、まだ「中立」という言葉は使用されていなかった。グロチウスは、中立という言葉を使わず、「戦争に関与セザル者の義務」を説いていた。その義務とは、主として次の二つであった。
  1、不正な者を強くすること、正当な者の行動を妨げる何事をも為さないこと
  2、いずれが正当か分からない時には、以下のことについて、双方に対して同様の行動を採ること
  ・軍隊の領域内の通過を許すこと
  ・軍隊に糧食を供給すること
  ・攻囲を受ける人々を助けざること
  ・その他

 
 その後「中立」の語が使われるようになったが、ヴァッテルの1758年の著書を見ると、中立国民は、交戦国双方と友誼関係をもち、一方の軍隊が利益を与えて他方の軍隊に害を与えることなかれ、と説いた。ところが、ヴァッテルは、交戦国の軍隊通過を許してもよいとしたばかりか、不正な戦争を行う交戦国の軍隊通過を拒めるとした。

 18世紀の実例を見ると、不完全中立が認められていた。開戦前に結んだ条約を根拠にして、中立国は、交戦国の一方を補助することも認められていた。例えば、交戦国の一方に軍隊又は軍需品を供給したり、中立領土の通過を許したりする等のことが適法とされていた。

 19世紀前半になると、実例では不完全中立が認められなくなっていたが、それでも、グリューベルは、開戦前の条約により領土の通過を一方に許すことが出来るとしていた。其の他の学者はグリューベル説を排したが、双方の交戦国に公平に通過を許すことは構わないとした。

 その後、オートフュイユは、中立国は、絶対に交戦国の軍隊の通過を許してはならぬとし、1898年にクリーンは、「中立国は、敵対の外に立ち、紛争に対して関与又は干渉を行ふことを自制し、厳正なる公平を維持すべきもの」(482頁)と説いた。今日の学者は、厳正なる公平を維持するだけでなく、中立国は、一定の特殊的義務(例えば、交戦国軍隊が領土通過を防ぐ)を負うと捉えている。

 国際の実例の歴史

 学説に続いて、実例の歴史を見ていくならば、昔時では、戦争は事実上の状態でしかなく、法律上の状態ではなかった。戦争に与からざる国は、何等の尊重も受けなかったのである。

 しかし、「漸次、交戦者が商業に関する一定の権利を尊重すべきことを認めらるるに至り」(482~483頁)、最初に海上の中立財産に関する慣習国際法規が、例えばコンソラート・デル・マーレというような形で集録された。そして、アメリカ独立戦争の際、1780年、ロシアの提唱により、プロシャやデンマークなど5か国が参加した武装中立同盟が結ばれた。武装中立同盟は、中立国船舶の航行の自由と戦時禁制品以外の輸送の自由を主張した。ナポレオン戦争の際にも、1800年、ロシアやプロシャ、デンマークなど4か国が武装中立同盟を結んだ。

 また、米国では1794年と1818年、英国では1819年、国内法で中立法規を定めた。そして、1856年には、前述のパリ宣言が成り、1907年には、中立に関する諸条約が成立し、中立の観念が確立するに至った。

 流れをまとめなおすならば、昔時は、中立の状態は全く認められなかった。その後、第一段階として、漠然とした公平不偏の思想が中立に関する中心観念となり、第二段階として、直接間接に交戦国に敵対しない一般的避止の思想が中心観念となった。そして、19世紀中葉以降には、第三段階として、中立国は、一方で例えば領域内で敵対行為が行われるのを防ぐ義務があり、他方で例えば戦時禁制品輸送の船舶拿捕などの交戦国の措置を受忍する義務があると捉えられるようになった。

 中立国相互の関係は平時と変化なし

 ここまで中立国と交戦国との関係に注目して述べてきたが、中立国同士の相互関係は、平時と変化はない。中立国と交戦国との関係も、原則として平時に於ける権利義務が継続するのであるが、交戦国の戦争目的達成の必要と中立国及び中立国人の利益保護の必要とを調整するために、特別の権利義務関係を生ずるのである。

 中立状態において存する国際法上の権利義務主体は、全て中立国家である。交戦国と中立国の個人との関係は、交戦国の国内法上の関係である。国際法上の関係にはならない。

 現時の中立の観念

 さて、現時の中立の観念は、次の四点で捉えることが出来る。
 
 1、双方の交戦国に対する公平不偏の態度を持する事
 2、一方の交戦国の戦争上の利益となるか、一方の交戦国の戦争上の不利益となる一定の行為(例えば軍隊、軍艦又は軍用材料の供給)を絶対に避止すること……交戦国双方に公平に行うことも出来ない。
 3、中立国領域内において、一方の交戦国の不利益となる他方交戦国の機関又は私人による一定の行為を禁遏防止すること……中立国は、例えば、軍隊の領土通過を防止する。特別の無線電信機による私人の軍事関係の通信伝達を防止する。
 4、自国人が一方の交戦国に有害な一定の行為を行う場合、交戦国が戦争区域でこれら有害行為を防ぐことを寛容又は受忍すること……中立国は、例えば、戦時禁制品の輸送又は封鎖突破が取り締まられることを受忍する。


 公平不偏の義務について

 4点のうち、1の公平不偏の義務と2の避止の義務が、中立状態に関して認められる二つの原則的観念である。二つのうち、1の公平不偏の義務は、中立国が裁量の余地のある3の禁遏行為を行う時に活動することに注意しなければならない。

 例えば、中立国は、人民が兵器弾薬を交戦国に輸出することを禁止する義務はないが、一方の交戦国に輸出するを禁ずるときは、他方交戦国への輸出も禁止しなければならない(陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約第7条、第9条①)。

 これに対して、中立国に裁量の余地がない中立の権利義務に関しては、公平不偏の義務が働くのではなく、内容が確定した避止の義務、禁圧の義務又は寛容の義務が活動しているのである。

 中立の種類 

 第二節では、中立の種類分けが行われる。四通りの分け方が掲げられている。
                
 (一)完全中立と不完全中立(制限された中立)
 (二)好意的中立と厳正中立
 (三)戦時中立と永世中立
 (四)一般的中立と部分的中立


 (一)から見れば、現時では所謂不完全中立は適法ではない。昔時は、開戦前の条約により軍隊又は軍需品の供給を行う、軍隊の中立領土通過を認めるなどして、一方の交戦国を援助するような所謂不完全中立は適法であった。

 しかし、今日では、完全な中立を守らない時には、中立義務違反として批判されることになる。ただし、今日に於いても、不完全中立又は制限された中立の例は存在する。かつての所謂不完全中立と区別する意味で、制限された中立の言葉の方がよい。その例としては、日露戦争時の満州や第一次世界大戦時のギリシャの一部がある。

 (二)について言えば、国際法上より言えば、好意的中立と厳正中立との区別など存在しない。だが、外交的の用語としては、この二つの区別は意味がある。とはいえ、今日認められる好意的中立とは、国際法上の中立義務に違反しない範囲で、外交上其の他の手段で間接に一方交戦国を利する行動を行う場合に限られる。

 次に(三)の区別を説明しよう。普通の国家は、戦争が発生した時、参戦してもよいし、中立を守ってもよい。この状態を戦時中立と言う。

 これに対して、永世中立は、諸強国の関係する条約に基づき、永久的に他国の戦争と関わらないことを約束した状態である。永世中立国は、戦争を行わないだけではなく、平素より他国間の戦争に引き入れられないようにする義務を負う。ただし、他から攻撃されて防御を行う形の戦争は許されるし、交戦国から戦時中立を侵されて中立侵害を排除するために防御的戦争を行うことは出来る。防御的戦争を行っても、直ちに、永世中立国の資格を失うわけではない。

 最後に(四)の区別であるが、一般的中立とは、国家自体が中立の地位を守ることを言う。これに対して、部分的中立とは、特別の条約に基づき、作戦行動を行わない、又は作戦の基地としないことを定められた所謂中立地帯における中立状態のことを言う。例えば、コルフ島、スエズ運河、上サボアにおける中立状態のことを言う。

 中立の開始、中立義務の発生

 「第三節 中立の始期及び終期」では、中立義務の発生と終了について説明される。一国の中立の開始は、他国の間に戦争状態が成立することを必要とする。従って、中立の義務は、他国間の戦争開始後、中立国が戦争状態を知り得る時、又は現に知った時に発生し、戦争が終了した後には存在しなくなる。

 1907年の敵対行為開始条約(所謂開戦条約)第2条では、交戦国は、戦争状態の成立を中立国に通告する義務を負った。通告は電報でできる。

 この通告を受領すれば、中立国には、中立の義務が発生する。ただし、通告がなくても、中立国が、戦争状態を知りたる事が確実な場合には、中立義務が発生する。

 なお、内乱の場合は、交戦団体の承認がなされた時より、承認を行った国との関係で、国際法上の戦争が存在することになる。
 
 中立の宣言

 現時、通常、中立国は中立の宣言を行う。ただし、宣言なくとも、交戦国の同盟国や従属国でない限り、原則的に中立国と見なさるべきである。「敵国の同盟国たりとも、当該戦争が同盟条約所定の応援義務発生条件(又は事由)casus foederisに該当すること明白なる場合に非ざれば」(490頁)直ちに敵国扱いすることは出来ない。

 同盟条約の応援義務発生条件に明白に該当する場合も、敵対行為開始条約参加国同士の場合には、宣戦又は条件付き宣戦を含む最後通牒を発してから敵対行為に及ぶべきである。

 また、保護を与える国が戦争しても、必然的に被保護国が交戦国となるわけではない。対手国は、保護を与える国が被保護国の中で軍事上実権を占める場合に初めて、その被保護国を敵国として遇することができるだけである。例えば、英国は、クリミヤ戦争の時、英国の被保護国であるアイオニアン群島とロシアとの間には交戦関係が存在しないと捉えていた。

 中立宣言には、二つの場合がある。一つは国際的宣言であり、中立の地位を守る意思を交戦国と其の他の国に対して通告する場合である。二つは国内的宣言であり、一般人民に対して、中立態度を採ることを告知する場合である。この中で、戦争に関連して、その機関又は国内の人がしてはいけない行為を明示し、禁止を遵守するように命ずることがある。禁止される例としては、交戦国人の兵器弾薬に関する取引、国民の交戦国の兵役に服すること、などがある。

 中立状態の終止

 中立状態は、他国間の戦争状態が終止すれば、終止する。また、中立国が戦争に関与するときも、終止する。戦争に中立国が関与する原因は、一方交戦国による中立侵害、中立国によるが中立義務違反、と二通りある。しかし、いずれにせ、中立侵害または中立義務違反ですぐに戦争が始まるわけではない。あくまで、開戦宣言、条件付き宣戦を含む最後通牒の期間の経過、開戦の意思を以てする敵対行為で以て戦争が始まる。

 陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約第10条には、「中立国が其の中立の侵害を防止する事実は、兵力を用ヰる場合と雖、之を以て敵対行為と認むることを得す」とあることに注意されたい。

 第四節 中立に関する権利義務概説                   
 
 中立関係の法規

 次に第四節に入っていく。ここでは、タイトル通り、中立に関する権利義務概説が説かれる。中立関係の法規は、慣習法規の部分が少なくない。成文法規の主なものを挙げると以下のようになる。
 ・1856年パリ宣言
 ・1899年第一回平和会議……ジェネヴァ条約を海戦に応用する条約
 ・第二回平和会議 「陸戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約」
          「海戦の場合に於ける中立国及中立人の権利義務に関する条約」
   ……あまり捕獲に関して定められなかった。
 ・1909年ロンドン宣言……批准されなかったが、世界大戦の際、各国はこれに準拠する意向を示した。にもかかわらず、世界大戦においては、準拠されなかった。


 以上の経過から分かるように、今日に至るも、海上捕獲に関する幾多の事項は条約化されていない、成文化されていない状況である。一定の事項について慣習国際法規がないわけではないが、各国における慣行が一致しない事項が多い。一般的に言って、中立関係の各国の権利義務は、多くの点で疑義があることが多い。

 中立国と交戦国との権利義務関係

 中立国と交戦国との権利義務関係を見ると、交戦国側に有利である。概して中立国の義務が著しいか、交戦国の権利が著しい。中立国が交戦国に対して持つ多くの権利は、平時において他国に持つ権利と同じものでしかない。

 しかし、中立国が中立関係に於いて、平時には存在しない新たな権利を持つようになることも事実である。例えば、中立国は、戦争開始を通告される権利、中立船中の敵貨を拿捕、没収されない権利を持つのである。

 中立国と交戦国との交通通商の自由は、原則として認められる。種々の関係で認められる。例えば、交戦国軍艦は、中立船内の敵貨を拿捕できない(パリ宣言第2項)。

 しかし、交戦国には、戦争目的を達成するための権能を認めなければならない。それゆえ、交戦国は、例えば戦時禁制品輸送や封鎖侵破などの理由で、中立船を拿捕できるのである。

 公平不偏の義務

 ここで、公平不偏の義務に関して注意すべきことを述べておきたい。ポイントは二点である。
 (1)公平不偏の義務は、中立国に裁量の余地ある事項に関して主として活動すること
 (2)中立国の形式的、技術的、主観的なる態度に於ける公平不偏で十分であること


 (2)の点について補足しよう。例えば、兵器、弾薬の輸出禁止の制度について言えば、一方の交戦国に対して輸出禁止の措置をとれば他方の交戦国に対しても輸出禁止の措置をとればよい。この時、実質的に一方の交戦国に有利となるか否かを考慮しなくてよい。あくまで、形式的な公平不偏でよいわけである。

 公平不偏の義務以外の三種の義務

 公平不偏の義務以外に、中立国の義務は、次の三種存在する。
   1、避止の義務(回避義務)
   2、禁遏の義務(即ち防止の義務)
   3、寛容の義務


 避止の義務は、中立国自身が交戦国の一方を援助するのを避ける義務である。従って、中立国は、交戦国に対し、例えば軍隊、軍艦の供給をなし、又は兵器その他の軍用材料の供給を出来ない。

 禁遏の義務は、中立国領域内において、一方の交戦国が戦争目的を進捗すべき行為を行うことを禁遏する義務である。中立国は、例えば交戦国の軍隊、艦隊が中立国の領域内で敵対行為を行うのを防止しなければはならない。また、交戦国の軍隊、艦隊が、戦闘上の特別の便宜を得るために中立国の領域を利用することを許してはならない。あるいは、一個人が一方の交戦国の戦闘を有利にするために中立国の領域を利用することも許してはならない。

 寛容の義務は、中立国人が一方の交戦国に有害な行為を行った場合、交戦区域内ではこの行為に対して防遏手段を執ることを受忍する義務である。例えば、中立国は、臣民が敵対行為をしたり、戦時禁制品を輸送したり、封鎖侵破をしたりした場合に、国際法上認められる防遏手段を受けることを受忍しなければならない。また、公海又は交戦国領海に於いて、交戦国が中立船に対して臨検捜索を行ったり、戦時禁制品輸送などを発見した時には拿捕することを受忍しなければならない。

 三種の義務について更に考える

 三種の義務の性質について更に考えるならば、避止の義務と寛容の義務は不作為の義務であるのに対し、禁遏の義務は、作為の義務であり、積極的義務である。

 歴史的に振り返るならば、中立の思想が未発達であった時代には、1番目の避止の義務のみであった。しかも、双方の交戦国に対して公平に援助する時には、軍隊の供給、兵器弾薬の供給、軍隊の領土通過の認許なども許された時代もあった。

 次いで、避止の義務が一定の行為について絶対的に認められるようになり、新たに、2番めの禁遏の義務、3番目の寛容の義務も認められるようになったのである。

 裁量の余地ある事に関して戦争中に方針を変えられるか

 ここで、中立国が裁量の余地ある事柄に関して、戦争中に方針を変えられるかという問題について考えたい。

 この問題については、まず、一方の交戦国に意外の不利益をもたらすことがあるから方針の変更は認められないとする説がある。しかし、この説は交戦国の実質上の利益を考慮しなければならないとの誤想と関係している。従って、立は、この説を採ることはできないとする。公平不偏の義務は形式的、技術的、主観的態度における公平不偏で十分だから、形式上新方針を双方の交戦国に対して公平に適用するならば、新しい方針に変更しても構わないことになるのである。

 但し、一方の交戦国の利益を計るために、故意に方針を変更又は新方針をとるのは、中立の精神に合致しない。従って立は、「自己の中立国としての権利及利益を全ふする為め、又は中立国としての義務を一層善く盡す為めに必要であるとして、国際法の他の規則を破らざる範囲内に於いて変改するに限つて」(498頁)、方針の変更を認めることにすればよいと言う。

 第五節 中立の侵害及中立国の責任
                    
 中立侵害問題と中立国のすべきこと

 第四節に続いて第五節では、中立侵害と中立国の責任の問題が記されている。一方の交戦国が中立侵害を行い、それを中立国が禁遏しなければ、他方の交戦国に対する禁遏義務違反となる。

 従って、中立国は、第一に、中立侵害を未然に禁遏する一切の手段を尽さなければならない。第二に、侵害が起これば、中止させるために出来ることすべてを行い、場合によっては強行的手段をとらなければならない。第三に、事後に於いて相当の救済方法を求めなければならない。すなわち、普通は、陳謝又は弁解を要求し、原状回復の要求をしなければならない。例えば、交戦国が中立領海に於いて敵船を拿捕した場合には、中立国は、原状回復を求め、回復しがたい損害がある時には損害賠償を求め、賠償金を損害を受けた交戦国に交付する慣例が成立している。

 もしも、中立国が、中立侵害を禁遏しないか、又は中立侵害をした交戦国に対して十分の救済を求めない場合には、他方の交戦国から救済を要求され、賠償を要求されることになる。

 中立領域で敵より攻撃を受けた場合にすべき事

  では、交戦国軍艦は、中立領域で敵より攻撃を受けた場合には、どうすればよいだろうか。先ずは、中立国官憲の保護に依頼すべきである。現場に、中立国官憲が十分な兵力を持っていない時も、依頼すべきである。なぜなら、兵力を用いずして、中立国官憲が保護を全うすることもあるからである。

 しかし、中立国官憲の保護に依頼する余裕がない時は、敵の攻撃に対して反撃できる。これは、緊急状態における自衛行為にして、中立侵害とは言えない。

 1812年の英米戦争の際、1814年9月、米国捕獲特許私船ゼネラル・アームストロング号は、ポルトガル領アゾレス群島のファィアル島で、英国軍艦から攻撃されそうになったので、ポルトガル官憲の保護に頼らず発砲した。しかし、終に抗する能わずして自ら船舶を破壊した。この事件に付、米国は、ポルトガルに対して賠償要求を行った。1852年、ようやく仲裁裁判判決(ナポレオン三世の名前で)が出たが、ポルトガルの賠償責任を認めなかった。

 賠償責任を認めなかった理由は、二つある。一つは、アームストロング号の船長が、中立国であるポルトガル官憲に保護を依頼しなかったことであり、二つは、ファィアル島にいるポルトガルの兵力が微弱で、英国艦隊の行動を禁遏することが到底不可能であったことである。

 禁遏義務の程度

 そこで、中立国の禁遏義務の程度につき、議論がある。中立国が禁遏できるにもかかわらず禁遏しなかった場合には、中立義務違反である。

 通常、中立国が相当の注意(due diligence)を以て禁遏できるものを禁遏すれば、中立義務違反にはならない。しかし、相当の注意とは何か、に関して争いを生ずる。例えば、アラバマ号事件では、この点が争われた。この事件は、次のようなものである。

 南北戦争時の1862年7月、南軍が英国で戦争用の船舶を建造した(3隻)。そのうちアラバマ号は、武装を完了せずして、リバプールを出港した。アゾレス群島のテルセイラ島付近で、2週間遅れで英国を出港した2隻と合流した。2隻のうち1隻はナッソー行き、もう1隻はテメララ行きと称していた。アラバマ号は、2隻から銃砲弾薬の供給を受け、北軍の商船の拿捕に従事したのである。
 
  そこで、南北戦争終了後、米国政府は、アラバマ号によって受けた商船の損害賠償を英国に対して要求した。1871年のワシントン条約の結果、アラバマ号事件は、仲裁裁判に付された。

 仲裁裁判判決は、米国の要求を受けれ、損害賠償請求を認めた。判決は、《相当の注意》というものを客観的標準で決めるとし、アラバマ号の出発と2隻の出発を結合して考えれば、北軍商船の拿捕に使われることは客観的に分かるとして、損害賠償を認めた。

 これに対して、イギリスは、《相当の注意》とは、「該事情の下に合理的に責任者に期待するを得る程度の注意、即ち責任者に関する主観的標準に依りて定まる程度の注意である」(501頁)とした。海戦に関する中立国の権利義務に関する条約第8条、第25条の考えは、イギリスに近いと思われる。

 なお、当然ながら、中立国の禁遏義務に関する責任は、その領域内の事項に限る(陸戦の中立条約第5条②)

 中立国による機械水雷の敷設

 さらに言えば、中立国は、中立侵害を防ぐために、交戦国軍艦が一定の港津、一定の領水に入るのを禁止することができる。そして、この禁止を確かなものにするために、自己の領水内に機械水雷を敷設することができる(自働触発海底水雷の敷設に関する条約4条)。逆に、明文はないけれども、中立国は、中立領域以外で水雷を敷設できない。

 第六節 国際連盟規約及不戦条約と中立                
 
 国際連盟規約下の行動基準

 とここまで書いてきて、本章最後の第六節では、国際連盟の成立による連盟加盟国間の中立制度の変化についてふれている。国際連盟規約下では、連盟加盟各国は、紛争の解決に当たって、次のような行動基準に従う。
 
  1、先ず、紛争事件を仲裁裁判、司法的解決、連盟理事会の審査に付す
  2、次に仲裁裁判官の判決、司法裁判の判決、連盟理事会の報告がある。
  3、その後3か月経過後、宣戦は適法となる。
   ・ただし、判決に服する連盟国に対する戦争を除く。
   ・また、紛争当事国代表者以外の連盟理事会員全部の同意を得た連盟理事会の報告 書の勧告に応ずる紛争当事国に対する戦争を除く
  4、連盟外の諸国、連盟内の諸国は、純然たる中立の地位に立つべきである。
    (以上、規約12条、13条、15条)


 以上の約束を無視して戦争に訴えた連盟国は、他の全ての連盟国に対する戦争行為をしたものとみなされる(第16条①)。ただし、当然に、他の全ての連盟国との間で戦争状態になるわけではない。他の連盟各国は、違約国と戦争状態に立ちたいと思えば、戦争状態となったと認めることが出来るだけである。

 しかし、連盟各国は、自国の立場として戦争状態と見なさなくても、次のことをしなければならない。
 ・一切の通商上又は金融上の関係を断絶すること
 ・自国人と違約国人との一切の交通を禁止すること
 ・連盟国たると否とを問わず、他の全ての国人と違約国人との一切の金融上、通商上、 又は個人的交通を妨遏すべきこと(規約16条①)

 
 とはいえ、戦争状態と見なさない連盟国は、戦時封鎖を設定し、戦時封鎖に参加することは出来ない。戦時封鎖が出来ない以上、海上方面では、違約国と他国との通商の妨害は困難である。これに対して、陸上方面では、戦争状態に立たなくても、自国の陸上領域を通過して違約国に向かう人及び貨物の通過を禁止できるから、違約国との交通通商の妨害は、非連盟国との関係でも可能である(特別の条約がない限り)。

 連盟の兵力

 ここまで、違約国との戦争状態を認めない連盟国を中心に見てきた。だが、規約に違反して戦争に訴えた国に対し、連盟の約束を守らせるために、即ち制裁のために、連盟理事会は、各国に対して出兵を訴える(規約第16条②)。この理事会の提案に応じて出兵する国は、交戦国となる。提案に応じない国は、多くの場合に於いて中立の地位に立つ。

 しかし、中立の地位に立つ国も、先の第16条①の義務がある。つまり、国際連盟国に関 する限り、在来の中立法規上の義務の変更を生じているのである。

 更に、連盟各国は、中立の地位に立とうが、連盟の軍隊が通過することにつき、必要な処置を執るべきである(第16条③)。これを中立違反と批判できない。

 ただし、違約国が、連盟の軍隊が中立国を通過するのを甘受すべきか否かは、別問題である。違約国は、通過を許さないということを要求する権利があるとしなければならない。第16条の規定は実行困難である。

 連盟国間の所謂中立条約と第16条との関係 

  連盟国の間で結ばれた所謂中立条約と16条との関係について研究するを要する。連盟国間で新たに中立条約が結ばれたときは、一方の締約国が連盟からの制裁を受ける場合には、第16条と抵触する範囲内で、中立条約の義務が適用なきものとなる。それゆえ、規約第20条は、「今後本規約の条項と両立セザル一切の約定を締結セザルベキ」旨を約束しているのである。結局、前述のように、連盟国間の関係に於いては、在来の中立関係に変更があると認めなければならない。

 但し、1938年5月、連盟理事会は、スイスは、永世中立の資格から特別で、軍事的行為に加わること、外国の軍隊の通過を認めること、軍事的企画の準備を為す等のことを強要されないことを認めた。

 不戦条約は中立法規に何等の影響なし

 最後に立は、不戦条約によって、中立法規が影響を受けるか否かを検討している。まず不戦条約には国際法上の中立に影響するものはない。不戦条約を破った国家との関係で中立義務を守らない権利または義務を締約国に対して与える規定はない。従って、仮令戦争開始が不戦条約違反に当たる場合であっても、戦争に関係ない他の締約国は、在来の中立の地位に立つ。

 不戦条約違反があれば、他の締約国は、条約上の権利を害されるので違約国に対して復仇できるとの説があるが、同意できない。そもそも、不戦条約違反は、直接関係国以外の他の締約国の権利を侵害することに当たらないから、他の締約国に復仇の権利は生じないと言うべきである。

 実例から見ても、不戦条約は、国際法上の中立関係に何等の変更も及ぼしていないのである。


講和条約(第一篇第七部第二章)  

 今回は、最も基本的な形態である講和条約に基づく戦争終止を扱った「第二章 講和条約」を読んでいく。

まず、目次を掲げよう。
第二章 講和条約  
 第一節 講和条約の締結及び講和予備条約
 第二節 講和条約締結の権限
 第三節 講和条約の方式
 第四節 講和条約の効果

 
第一節 講和条約の締結及び講和予備条約 第二節 講和条約締結の権限 第三節 講和条約の方式
 
 第三国が周旋、調停、干渉することあり

 交戦国間の講和談判が、第三国が周旋して始まることがある。また、講和談判の際、調停することがある。日露戦争の際、米国は日露の間を周旋し、談判のきっかけを作った。1866年の普墺戦争時には、ナポレオン三世はプロシャとオーストリアの調停者となった。

 また、第三国は、講和談判の際、あるいは講和条約締結後、干渉することがある。日清戦争では、下関条約締結後、露仏独が三国干渉を行った。その結果、日本は遼東半島を還付した。

 講和談判は、稀な場合を除いて口頭の談判 

講和談判は、稀な場合に文書で行われる。第一次世界大戦の際、連合諸国と独墺等との講和談判は、文書交換で行われ、口頭の談判は行われなかった。しかし、普通の講和談判では、双方の交戦国の全権委員が会合して、口頭談判を行う。談判の場所は中立国又は一方の交戦国となるが、一方の交戦国で行われるときは、他方の交戦国の全権委員は、軍使と同様、不可侵である。

 講和予備条約

 講和談判の前に、講和予備条約(preliminaries of peace)を結び、講和条件の大綱を約定することがある。これにより敵対行為を終止するが、ヨーロッパではこの事例が多い。イタリア統一戦争、普墺戦争、普仏戦争といった例がある。普仏戦争では、ベルサイユの講和予備条約が結ばれ、後にフランクフルト講和条約が成立した。

 講和予備条約も条約の一つだから、調印で成立し、批准交換で実施力を発生する。批准を得られない時は、遡って無効となり、敵対行為を開始できるのである。ただ、アングロサクソンの思想においては、署名で一時休戦の効果があったとみる。

 講和条約締結の権限   

 講和条約締結の権限は、国家の元首にあるのが常である。国により、元首の締結に特に制限をしている場合もある。国家元首は、全権委員を任命して講和談判に当らせるが、全権委員には軍指揮官を任命することもある。

 講和条約の方式                    
 
 講和条約の方式は、国際法上、一定していない。理論上は口頭でも書面でも可である。しかし、講和は極めて重要な事柄なので、書面を以て締結しないことは実際上ない。

 第四節 講和条約の効果 

 戦争終了の時期                    
 
 講和条約の効果はいつから発生するのか。多数説の批准交換時説によれば、講和条約に特段定めがないときは、講和条約は批准交換時に実施力が発生し、戦争が終了する。しかし、少数説の調印時説によれば、即ちアングロサクソン系の国々の在来の法律的確信では、一旦批准有れば、原則として調印の時に遡って実施力が発生する。ただし、この説は衰えたと見るべきである。

 戦争終了の効果

 戦争終了すれば、一般の平和関係が復活する。平時国際法規上の規定のみが、交戦国たる両国の間に行われるに至る。戦時国際法規と特に戦時に有効となる条約は行われなくなる。

 講和条約が批准を得られない時、敵対行為を開始することができる。多数説では、講和条約は遡って無効となる。アングロサクソン系の少数説では、一時休戦の効果を認める。

 敵対行為の終了時期について、講和条約に一定の将来の日時を明示することがある。戦線が広い場合、ある戦線では6月10日、別の戦線では6月20日といった明示を行うことがある。ただし、軍隊が講和条約成立の事実を知れば、直ちに敵対行為を終止しなければならない。

 平和関係の回復 

講和条約の主要な効果は、平和関係の回復にある。戦争状態の終了と同時に回復する。平和関係の回復は、次の三つに関係する。
  (1)戦争状態の終了 
  (2)外交関係の回復
  (3)人民間の交通関係の回復など


 (1)戦争状態の終了によって、戦時にのみ適法な行為は、以後適法ではなくなる。軍隊、艦隊、城砦等に対する攻撃、土地の占領、軍艦または商船の拿捕、取立金及び徴発の徴収などは、できなくなる。

 もしも戦争終了後にこれらの行為をしたならば、占領した土地から撤退し、捕らえたる俘虜は解放し、徴収した取立金や徴発物は返還しなければならない。損害賠償の要求にも応じなければならない。

 (2)外交関係の回復により、相互に、外交使節を送り、接受することとなる。(3)人民間の交通関係の回復などは、通商条約などの改訂、復活又は効力回復などで行われる。戦争開始のため停止された条約は効力を回復する。また、停止された双方の交戦国人間の契約も、効力を回復する。

 現有状態の維持  
  
 講和条約の中に特に反対規定がなければ、占領軍が押収、没収した兵器、馬匹等のような国有動産、占領地国有不動産の果実(農産物など)は、占領軍所属国のものである。すなわち、現有状態を維持するのである。

 占領軍が占領継続中に行った適法の行為に基づき生まれた法律上の結果は、領土所属国も認めなければならない。占領地の国有農地の農産物、国有林の木材をを占領者から買い取った者は、占領終了後も取り返されることはない。また、占領地住民は、占領軍により徴収された租税を再び占領終了後に徴収されることはない。

 これに対して、占領地は、特に講和条約に明記されない限り、戻すべきものである。すなわち、領土権に関しては、事実上の現有状態ではなく、法律上の現有状態に基づいて法律関係を定めるのである。
 
  戦時条約の実施力喪失               

  特に戦時に実施される条約は、戦争終了とともに失われる。しかし、これらの条約は、戦争終了後に直ちに拘束力を失うわけではない。 

 或種の条約の効力回復               
   
 講和条約による平和回復の結果、どのような条約が回復するか説が分かれる。開戦により消滅した条約は効力を回復しないし、開戦に依り効力を停止された条約は効力を回復する。しかし、どれが前者か、どれが後者かは、慣例も定説も一致しない。どの条約が前者か、どの条約が後者かという問題に関しては、第一篇第三部第二章第三節参照のこと。
 本ブログでは、「開戦の直接の効果1―――外交関係の中止など(第一篇第二部第二章第一節~三節)」で説明している。
 
 講和条約で明確に定めた事項は戦争の原因とできないのか

 講和条約で明確に定めた事項は戦争の原因とできないとする説がしばしば唱えられた。しかし、これは慣習国際法上で確立したとは言えない。

 例えば、ベルサイユ条約第三篇第五款で、1871年以前の諸条約の規定が効力を回復し、アルザス・ロレーヌがフランスに属することとなったが、上記説によれば、アルザス・ロレーヌの帰属問題を戦争原因とすることはできないということになる。

 講和条約は所謂大赦の効果を持つ

 講和条約では、大赦に関する規定を設けるのが普通である。だが、特に大赦の規定がなくとも、講和条約は大赦の効果を生ずる。ここでの大赦とは、戦争中に戦争目的のために行われた諸種の不法行為又は不正行為について、講和条約の中に特に例外規定を設けない限り、責任解除が行われることである。国家自体、兵士、人民のいずれが行う不法行為等でも同じである。

 従って、講和条約による戦争終了後に於いては、特別の例外規定を設けない限り、戦争中、交戦国政府又は軍隊の違法行為も不問に付し、損害に対する救済要求も提出できなくなる。ただし、陸戦法規条約第三条が、陸戦条規違反について損害賠償の責任を定めているから、講和条約で大赦の効果を及ぼす趣旨の規定がなければ、損害賠償責任は残ると認められる。

 また、陸戦条規第17条(俘虜将校の俸給の返還義務)、第53条②(直接軍用に供せらるる私有財産〔現金など〕の押収に関する還付及び賠償の義務)、第54条(海底電線破壊についての賠償の義務)、第52条③(現品徴発における領収証が証明する金額支払い履行の義務)の場合も、大赦の効果が制限される。例えば、特に講和条約で規定がなければ、俘虜将校が得ていた俸給の返還をしなければならない。

 平和回復前に処罰できなかった戦時犯罪はもはや処罰できない

 大赦の結果として、平和回復前に処罰できなかった戦時犯罪は、もはや処罰できない。既に自由刑が課されている場合は、戦争終了後すぐに解放すべしとする説と反対説が存在することは、前に述べた通りである。

 大赦は戦争目的のために行われた行為にのみ及ぶ。戦争中とはいえ、普通の犯罪又は負債は大赦と関係ない。従って、俘虜が普通の殺人などの犯罪を犯せば、平和回復後も訴追されるし、抑留中借金すれば、平和回復後も弁済を求める民事訴訟を起こされる。

 大赦は対手国に対する行為に関して責任解除するもの

 「大赦は又一方交戦国人が他方の交戦国に対して行へる行為につき責任解除を与ふるものにして、一方の交戦国人が自国政府に対して行へる行為に当然及ぶべきでは無いのである」(473頁)。

 ただし、条約で、交戦国人が自国政府に対して行う行為に大赦の効果を及ぼすことを規定することは出来る。例えば下関条約では、日本軍と種々の関係を有した清国民を処罰しないように求める条項を入れた。

 大赦の効果を制限する特別規定を置いたベルサイユ条約

 第一次世界大戦の際のベルサイユ条約では、大赦の効果を制限する特別の規定を設けた。「戦争の法規慣例に違反する行為ありとして同盟及連合国より訴追せらるるドイツ人を、同盟及連合国の軍事裁判所又は同盟及連合国の組織する軍事裁判所に出廷せしむる為め、之が引渡の要求に応ずべく、是等の者が有罪と決したるときは、法の定むる刑罰に処せらるべきを認めた」(473頁)。

 しかし、ベルサイユ条約のこの条款は、先例なきため、実行されなかった。結局、交戦法規違反のドイツ軍人は、ドイツ国の裁判所で裁判された。34人だけが刑の宣告を受け、その後すぐに訴追されることもなくなった。

 また、ベルサイユ条約では、前ドイツ帝ウィルヘルム二世を特別裁判所に訴追し、判決すべき規定を設けた。この規定に日米は反対したが、条約に規定されてしまう。ところが、オランダ政府が引き渡し要求に応じず、この規定は実行されなかった。

 俘虜の身分の終了  
                
 講和条約の結果、俘虜の身分は当然に終了する。しかし、速やかに本国に帰還せしむべし(陸戦条規第20条)とあるのみである。平和回復後は俘虜でなくなるが、すぐに解放しなければならないわけではない。

 普通の犯罪を犯した俘虜は解放する必要がないが、戦時犯罪ではなく、単に規律違反のため懲罰された俘虜は、説が分かれるが、解放すべきであろう。以下に、諸例を掲げる。
  ・普仏戦争の際のドイツ軍……抑留した
  ・日露戦争の日本……解放した
  ・ベルサイユ条約……これを送還すべしとした。
     ただし、規律違反以外の犯罪につき取り調べ中又は処罰中の俘虜及び抑留人民は依然抑留できるとした。
 

講和条約中の偶存的規定              
 
ここまでは講和条約の効果として必ず問題になることをみてきたが、他に、講和条約はいろいろな偶存的規規定を設けることがある。   
  1、土地の割譲及びこれに伴う国籍の変更
  2、償金の支払い
  3、経済的・社会的規定
  4、将来の平和に関する担保

 
 1の土地割譲について、第一次世界大戦の際、人民一般投票が行われた場合がある。しかし、アルザス・ロレーヌ、ポーランド、チェッコ・スロバキアでは人民一般投票は行われなかった。

 2の償金については、敵をして軍費を払わせる思想と無関係ではないが、実際の軍費が償金の最高限となるわけではない。普仏戦争の場合、プロシャ軍の軍費ではなく、フランスの財力が負担できる額となった。ここでは、実際に於いて、戦勝者が取り立てる最後の取立金の性質を持つこととなった。

 第一次世界大戦の際には、賠償の語は、軍費賠償ではなく、攻撃行為による損害の賠償という意味となった。従って、ドイツは、同盟及連合国の普通人民とその財産に及ぼした損害を補償することとなった。

 3の経済的・社会的事項の規定が重要な地位を占めることがある。ベルサイユ条約では経済問題に関する第10編の規定が置かれた。

 将来の平和の担保に関する規定

 4の将来の平和の担保に関する規定としては、次のようなものがある。
  ・軍備制限に関すること……ベルサイユ条約ではドイツ陸海空軍の制限
  ・領土の占領に関すること……同条約では、ライン西方の占領
  ・一定地方の武装解除に関すること……同条約では、ライン東方50キロメートルの武装解除
  ・国際組織の設立に関すること……同条約では、国際連盟組織設定


 講和条約の履行                    
  
 講和条約は、関係する所が多いので、その履行のために幾多の協定が更に必要となる。条約履行の担保の為に、土地の占領を行う場合がある。日清戦争後、日本は、威海衛を一時占領して、下関条約履行の担保とした。第一次世界大戦後では、ライン西岸の占領が行なわれた。

 講和条約の効力や適用、解釈については、条約に関する一般の法理が適用される。


戦争の終了概説(第一篇第七部第一章)

 交戦法規の最後に「第七部 戦争の終了」に入っていく。今回は、「第一章 戦争の終了概説」である。戦争の終了には、以下の三種が存在する。
    講和条約によるもの……これが普通
    征服的併合によるもの
    自然に戦争行為を止めて終わるもの


 三種のうち、征服的併合は第一節で、自然に戦争行為を止めるものは第二節で、最も普通に行われる講和条約によるものは第二章で説明されている。

 一方の交戦国の征服的併合

 併合により対手国が消滅すれば、国家間に存する国際戦争は存在しなくなってしまう。例えば、1900年、イギリスは、トランスバール及びオレンヂ自由国の征服的併合を行った。

 征服的併合が成り立つための要件は、1、併合宣言があること、2、全体領土・人民を自己の権力の下に置ける事実、の二つである。
 2の要件が成り立つためには、抵抗をなす兵力が滅びることが必要である。しかし、隠現出没して抗敵を続ける者がいても、一地方にある組織ある政府が滅びてしまえば、2の要件が成立したと言い得る。

 単純なる戦争行為の終止

 自然に戦争行為が終止する例は、今日では稀である。昔は、その事例がある。例えば、ロシアとペルシャとの戦争終結(1701年)、スペインとフランスとの戦争終結(1720年)、 フランスとメキシコとの戦争終結(1867年)が、それである。

 これらの場合、講和条約が存在しないので、双方の国の間の法律関係は、戦争前の状態によるか、戦争終了時の現有状態で定めるか、という問題がある。戦争終了時の現有状態により双方の間の法律関係を定めるのが原則である。従って、戦争終了の際占領していた領土は、相手方が権利主張をしない限り、占領者の領土となる。ただし、互いに権利主張するときは、後から両国間で協定するか、又は未決定のままにする。


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