第二篇第六章 封鎖 第七節

第二篇第六章 封鎖 第七節 世界大戦及第二次ヨーロッパ戦争の封鎖  
           
一、世界大戦の際

 封鎖の例

 第七節では、第一次世界大戦と第二次世界大戦の際の封鎖について紹介し、考察している。まず、第一次世界大戦の際の封鎖の例が次のように挙げられる。
 
 ・日本が青島で戦略的封鎖を行う
 ・オーストリア・ハンガリーが、モンテネグロの沿岸に封鎖
 ・英仏が、ドイツ領東アフリカ沿岸に封鎖
 ・仏英が、小アジア及びシリア沿岸に封鎖、
 ・仏英が、ブルガリアのエーゲ海沿岸に封鎖
 ・仏英が、マケドニア沿岸に封鎖


 おおむね、在来の封鎖の観念に基づき律することのできるものであった。だが、英仏によるマケドニア沿岸の封鎖は、名義上中立国のギリシャの封鎖を含んでいた。また、イタリアによるアドリア海封鎖は、名義上中立国のアルバニアの沿岸の封鎖を含んでいた。これをどう考えるか、問題となった。

 戦争区域の宣言を以て封鎖の一種と為す説明(ドイツ)……明白に誤謬

 さて、1915年2月、ドイツは、イギリスを囲む海洋全体を戦争区域と宣言した。そして、この区域に入る敵商船は全て破壊する、中立船舶も、戦争の危難を免れがたいから当該戦争区域内に入らないようにと警告した。この宣言の実行に於いて注意すべきは次の事柄である。
 (一)一定の水域内に於いて一般的に敵商船の破壊を行おうとすること
 (二)国際法規の定める捕獲物拿捕の手続きを履まず、無警告撃沈を行おうとすること
 (三)破壊に際して、乗員の保護及び船舶書類の保存に関する国際法規を無視すること
 (四)中立船舶が戦争区域内に入るを禁じ、危害を与えても責任を取らないとすること
 

 このドイツの考え方は間違いであるが、誤謬の理由は以下のようになる。
  イ、封鎖の効果は主として中立船に及ぶもの
   対して、ドイツの処置は、区域内に入る敵商船を直ちに撃沈することを趣意とす。
  ロ、封鎖の場合は、海軍力が封鎖沿岸全体に実力を維持しなければならない。
   対して、ドイツは北海に於いて、敵地への接到を船舶にさせない海軍力を持たない。
  ハ、封鎖では、原則として、破壊、撃沈を行うべきではない。
   対してドイツの処置は、敵商船を直ちに撃破し、中立船にも及ぼそうとする。


 ドイツに対する英仏の対抗措置

 1915年3月11日、英仏は、ドイツの処置に対する復仇又は返報と称して、以下の措置を行った。
 (一)中立商船たりとも、ドイツの一港に仕向けて航行するを得ざるとすること。
  ・ドイツの一港に仕向けて航行する船舶の載貨は、イギリスの港に陸揚げして捕獲審検所の執行官の保管に付すべきものとす。
  ・通航券の交付を受け、通航券に指定された中立国又は同盟国の港に航行すること。
 (二)中立商船も、ドイツの一港で積み入れた貨物を搭載して航行できないとすること。
  ・これらの貨物は、イギリス又はその同盟国の港に陸揚げし、イギリス港に陸揚げされたものは、捕獲審検所の執行官の保管に付すべきものとす。
 (三)中立商船も、敵国を仕向け先とする貨物又は敵貨を搭載する場合には、ドイツ以外の一港に航行する時も、途中でイギリス又は同盟国の港に、これらの貨物の陸揚げを要求されることがある。
  ・これらの貨物にしてイギリス港に陸揚げされたものは、捕獲審検所の執行官の保管 に付すべきものとす
 (四)中立商船も、敵国産の貨物又は敵貨を搭載する場合には、ドイツ以外の港を出航した時も、イギリス又は同盟国の港に該貨物の陸揚げを要求されることがある。
  ・これらの貨物にしてイギリス港に陸揚げされたものは、捕獲審検所の執行官の保管 に付すべきものとす。
 

  (一)及び(三)の場合、戦時禁制品は没収するが、それ以外はイギリス政府の使用に充てるために徴発される。徴発されない場合には、捕獲審検所で正当と認められた条件で返還されることもある。

  (二)及び(四)の場合、徴発を受けぬ時、捕獲審検所の指定に従い、これらの貨物を抑留又は売却する。

 しかし、以上の措置を返報又は復仇として説明するのは困難であると英国は判断した。そこで、3月13日、イギリス外務大臣のロンドン駐在米国大使に宛てた覚え書きで、「海洋に依りドイツに至る総ての航路を、巡洋艦の線に依り監視する封鎖を施行した」(640頁)と宣言した。

 所謂遠距離封鎖を宣言した 

 そして、連合国側は、この封鎖について所謂遠距離封鎖の語を用いる。しかし、在来の封鎖と以下の点で異なる。
 1、没収について
  普通の封鎖と異なり、封鎖沿岸に接到せんとする船舶及貨物の没収までしない。
  ・この点では、普通の封鎖より、中立人にとって利益あり。
 2、対象とされるもの
  普通の封鎖のように、敵国に仕向けられた貨物だけではなく、敵人所有に属するもの、及び敵国の生産物を輸送する船舶まで抑留せんとすること
 3、普通の封鎖の如き宣言及び告知の形式を経なかったこと
 4、封鎖の実効に関わる違い
  少なくとも、バルチック沿岸地方に対しては、英ロの艦隊が実効的に封鎖したとは言えない。
 5、各国船舶に対する公平なる条件を欠くこと
 6、中立港に向かう船舶に対しても効力を及ぼすこと……(三)のケースは連続航海主義を認めることになるが、普通の封鎖では連続航海主義は認められない。
 

 所謂遠距離封鎖の背景

 このように普通の封鎖と随分異なるが、イギリス政府は、「封鎖に関する在来の技術的要求は適せざるも、畢竟是等の規則の精神に合するとした」(643頁)。

 この遠距離封鎖が出てきた背景には、何があるのか。陸上の交通機関が発達し、運河も発達した今日では、通常の封鎖を行っても、貨物がまず海路により中立港に運ばれ、この港から陸路又は運河で封鎖地域に運ばれれば、封鎖は何の効果もないことになる。例えば、ドイツに対する封鎖は何の効果もないことになる。これに対して、島国であるイギリスに対しては、普通の封鎖であっても、十分効果が上がることになる。

二、第二次世界大戦の際

 1939年11月27日英国枢密院令

  1939年11月27日、英国は、枢密院令で、ドイツの不法なる水雷敷設及び潜水艦戦に対する復仇の手段として、以下の貨物の拿捕、抑留及び売却を命じた。
 ・ドイツ港に於いて積み込める貨物
 ・ドイツ国産の貨物
 ・ドイツ人所有の貨物
 

  1915年3月11日の枢密院令に依ったものだが、敵地に仕向けられた貨物を除外した。この点は著しい違いであるが、第二次大戦の際には、初めから戦時禁制品を広く定めたので、ほとんど全てのドイツ行き貨物は戦時禁制品となったからである。

 以上、二度の世界大戦の際、右に行われたことは、表面上は封鎖の名を用いなかったが、封鎖に類する経済戦たることは疑いのないところである。

 今後、封鎖制度にある種の変更を及ぼす動機となるのではないか。


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第二篇第六章 封鎖 第四節第五節

   今回は、封鎖に関する最大のテーマである封鎖侵破について見ていく。これについては、第六章第四節と第五節で展開されている。

第四節 封鎖の侵破及其成立要件               

一、封鎖侵破の行為 

 封鎖侵破の行為は国際法上の違法行為ではない 

  封鎖侵破の行為は、普通国際法上の違反行為とされるが、理論上では、国際法上の違法行為とは言えない。封鎖侵破を行う個人は、国際法上の権利義務の主体ではないから、封鎖侵破行為が国際法上の違法行為でありようがないのである。
 ただ、交戦国が、封鎖侵破行為を戦争の目的上有害な行為として防遏することが国際法上許されるというだけのことである。防遏する交戦国の立場からすれば、封鎖侵破行為は、国内の捕獲審検所で制裁を加えられるから、国内法上の犯罪行為と類似したものである。

 封鎖侵破行為とは 

  封鎖侵破行為とは、封鎖艦隊の許可無くして、封鎖地域に入ったり出たりする行為である。ただし、船舶が、封鎖艦隊の行動区域内で巡航したり停船するなどをした時、封鎖侵破の事実があったと認められることがある。

二、封鎖侵破の第一、第二要件(特に第二要件)
 
 封鎖侵破成立の第一要件……封鎖の有効性
 
  封鎖侵破行為が成立する第一要件は、封鎖が有効に成立することである。封鎖が解除された後には、封鎖侵破行為を行った船舶を拿捕しても、釈放しなければならない。

 封鎖侵破成立の第二要件……封鎖を知っていること 

  第二の要件は、封鎖地域に出入りする者が、封鎖の存在を知っているか、知っているに違いないと認定できる事情が存することである。交戦国の見地からすれば、制裁を加える点で犯罪に近似するので、封鎖侵破の行為者に悪意があることを要するとするのである。

 第二要件をめぐる在来のフランス主義 

  在来のフランス主義の学説では、出港による封鎖侵破の場合、封鎖の事実は封鎖地域内の全ての船舶に知られたものと見なすので、各別告知がなくても第二要件が成立するとする。

  これに対して、入港による封鎖侵破の場合、封鎖艦隊から各別告知を受けなければ、船舶に悪意はなかったとされ、第二要件は成立しないのである。ただし、フランスでも現在は、封鎖の事実を知らないと認められる船舶にだけ各別告知する。

 第二要件をめぐるアングロサクソン主義 

  アングロサクソン主義では、一般的告知がなくても封鎖が成立する以上は、封鎖の現実告知又は認定告知を受けたならば、船舶による封鎖侵破が成立するとする。現実告知は、「船長が交戦国軍艦より直接に警告を受け、又は公私の通信其他何等の方法に依れるを問はず、封鎖の存在を知りたること明らかなる場合には之を受けたりと為すもの」(620頁)である。

 認定告知には、次の二つの場合がある。
 (一)一般的告知又は地方的告知が船舶所属国の相当官憲に送られ、官憲から自国住民に対し知らせるのに十分な期間を経過すれば、船長が封鎖の告知を受けたものと認定できる場合
 (二)封鎖の事実が一般に広く知られたことにより、船長が封鎖の告知を受けたものと認定できる場合
 

 そして、出港による封鎖侵破の場合は、いやしくも封鎖が成立すれば、封鎖領域内の全ての船舶が封鎖の事実を知っていると認定される。

 第二要件をめぐるロンドン宣言

  ロンドン宣言第14条は、原則として、アングロサクソン主義に基づき、現実上又は推定上封鎖の事実を知ることによって第二要件が充たされるとする。

第14条 封鎖犯として中立船舶を拿捕するには、この船舶が現実上又は推定上封鎖の事実を知つていること要件する。 

  「推定上封鎖の事実を知つている」とされるのは、封鎖の一般的告知があった後相当の期間内に出港する場合である。但し、この推定に対しては、反証を挙げることが出来る。第15条は次のように規定している。

第15条 発航港の所属する中立国に対して適当な時期に封鎖の告知があつた後、船舶がこの港を出発した場合には、右の船舶は、反証を挙げるのでなければ、封鎖の事実を知つていたものと推定される。

 第二要件成立のために各別的告知が必要な場合(宣言第16条) 

  第二要件成立のために各別的告知が必要なのは、封鎖地域内に入港しようとする船舶が封鎖の事実を知らないか、知っていると推定できない場合である。この場合に、軍艦の士官は船舶に告知する(宣言第16条①)。

 各別的告知をした場合は、告知の日時、その時の地理上の位置を船舶書類に書き込む。各別的告知を受けてなお、入港しようとする船は、封鎖侵破として拿捕される(第16条①)。そして、或る船舶が各別的告知を受けて入港したならば、その港から出航する他の船舶は、封鎖の存在を知っていると認められる(1909年ドイツ捕獲規程)。

 対して、船舶が出港しようとする場合、怠慢から艦隊指揮官が地方官憲への封鎖の告知をしなかったとき、又は告知したけれども宣言の中に退去の猶予期間を規定しなかった時は、その船舶は自由に出港できる(第16条②)。

 但し、故意に入港による封鎖侵破をした船は、出港を許されなない。

三、封鎖侵破の第三要件

 封鎖侵破成立の第三の要件……封鎖艦隊の監視を侵すこと 

  封鎖侵破成立の第三要件は、「船舶が封鎖艦隊の監視を侵して封鎖地域に入り若くは入らんとし、又は之より出で又は出でんとすること」(622頁)である。封鎖艦隊の監視を侵して封鎖地域に出入りさえすれば、封鎖侵破は成立する。1800年の第二中立連盟の主張には、強力又は奇計を用いた場合のみ封鎖侵破が成立するとするものがあったが、別に第三要件成立のためには、強力や奇計は不要である。

 だが、封鎖侵破は封鎖艦隊の監視を侵して行われるものである。それゆえ、入港のケースを考えてみるに、二つ入口があるとき、一つの海岸の入り口だけに封鎖艦隊が居ても、もう一つの入り口から封鎖された港に入っても封鎖侵破とはならない。

 また、出港のケースを考えてみるに、艀船(ふせん、はしけ船)又は其の他の船舶に、陸上輸送又は運河、河川他の輸送を経て封鎖沿岸・封鎖港より出る貨物を積み込んでも、封鎖線を通過しなければ、その船舶は封鎖侵破にならない。

 封鎖侵破と認められざる入港

  封鎖艦隊の監視がきちんと存在するときであっても、封鎖侵破と認められざる入港がある。入港することが絶対的に必要ある場合は、封鎖侵破とはならない。それは、次の3つの場合である。ロンドン宣言第7条が規定する海難の場合が該当する。
  1、天候険悪
  2、水若しくは食料品の欠乏
  3、船舶修理の必要


 しかし、イギリスの慣例によれば、以下の場合の入港は封鎖侵破となる。
   (イ)船長の泥酔
   (ロ)海岸の不案内
   (ハ)羅針盤の紛失
   (二)入港の目的が通商交通に在らずして単に水先人を得るに在るか
      又は(絶対的必要の場合ではないが)食料品を得んとするにあること
   (ホ)封鎖が解除されたか否かを確かめんとする事


 そして、封鎖線の付近を徘徊する船舶は、封鎖侵破として拿捕できるのである。 

 封鎖施行と出港

  出港の場合を考えてみるに、封鎖施行の際、封鎖地域内に在る船舶や告知を受けずに封鎖中入港した船舶が、出港する場合どうなるか。アングロサクソン主義では、封鎖施行前に封鎖地域内で搭載した載貨を搭載して、出港猶予期間内に出港すれば封鎖侵破とならない。猶予期間が設定されない時は、封鎖設定後出来るだけ早く出港すれば、封鎖侵破とならない。これに対して、封鎖施行後に新たに載貨を搭載して出航すれば、アングロサクソン主義で封鎖侵破となる。

 ところが、フランス主義では、猶予期間内であれば、新たに載貨を搭載して出航しても封鎖侵破ではない。
 
 出港に関するロンドン宣言

 封鎖施行との関連で出港に関して、ロンドン宣言はどう規定しているのであろうか。封鎖宣言を規定した第9条は、三号で、猶予期間が必要なことを規定している。しかし、アングロサクソン主義とは異なり、封鎖施行後の載貨搭載を禁ずる規則を置いていない。

 宣言は、次の二つの場合に、封鎖中に出港しても封鎖侵破と認められないとする。
 
1、艦隊指揮官の怠慢から地方的告知をしない場合、又は告知した宣言中に退去期間を規定せざる場合(第16条②)
2、海難により入港した中立船舶(第7条)
 

  2の場合には、載貨の卸下げ又は積載をしないことが条件である。この条件は、主として海難を口実に商業上の利益を得ようとするのを防ぐ趣旨から、設定されたものである。実例では、封鎖施行の事実を知らずに入港した船舶に出港を許した例があるが、この場合にも、載貨の卸下げ又は積載をしないこと、という条件を付けて出港を許すのがよい。

四、封鎖侵破の第四要件 

 封鎖侵破成立の第四要件……封鎖艦隊の行動区域に入ること 

  ロンドン宣言によれば、封鎖侵破成立の第四要件は、船舶が封鎖地域に出入りしようとして、封鎖艦隊の行動区域内に入ることである。

 入港による封鎖侵破をめぐるアングロサクソン主義と大陸主義

  アングロサクソン主義では、封鎖線通過に重きを置かない。入港による封鎖侵破のケースでは、封鎖線を通過する場合のみならず、封鎖港を目指す企図に着手する以後は封鎖侵破と見做し、封鎖艦隊に属さない軍艦によっても、拿捕できるとする。また、航海中に封鎖の事実を告知されたにもかかわらず、封鎖港に向かえば、やはり封鎖侵破と見做し、封鎖艦隊以外の軍艦でも拿捕できるとする。

 大陸学者は、この場合の拿捕を予防権の行使と把握する。

 出港による封鎖侵破をめぐるアングロサクソン主義と大陸主義 

  出港による封鎖侵破については、アングロサクソン主義では、「封鎖艦隊の監視線を脱出して後も、船舶の非封鎖港たる到達港に達する航海を終る迄は、侵破の行為が継続し」(626~627頁)、封鎖艦隊に属さぬ軍艦による拿捕ができるとする。
 大陸学者は、この場合の拿捕を広義の追跡権の行使と称する。

 フランス主義による入港・出港による封鎖侵破の説明 

  フランス主義では、入港による封鎖侵破も出港による封鎖侵破も、封鎖線を通過するか、通過せんとしたことにより初めて成立するし、それゆえ封鎖艦隊の軍艦だけが拿捕できる。出港による封鎖侵破の場合は、狭義の追跡権は認められるが、広義の追跡権は認められない。従って、封鎖侵破船が一旦中立領域に入れば、もはや追跡権はなくなるとするのである。

 ロンドン宣言第17条---軍艦の行動区域

  ロンドン宣言は、第四要件に関して、次のように規定している。

第17条 中立船舶は、封鎖を有効に確保する任務を帯びる軍艦の行動区域内でなければ、封鎖犯として拿捕することができない。

 ロンドン海戦法規会議における宣言編纂委員会(諸国の第一全権委員がメンバー)は、「軍艦の行動区域」の解釈について、次のような議論をしている。

 (1)行動区域は、一人の指揮官の命令の下に立ち、封鎖侵破を監視する艦隊の実力の及ぶ区域全体を指す
 (2)行動区域は、封鎖が実効あることに密接に関係し、而して軍艦の数とも密接の関係がある。
 (3)行動区域は、事情により、また封鎖軍艦の数により、広狭一つではない。ただし、常に実効を有することを必要とする。
 (4)行動区域の広さは一定不動の浬数で定められない。封鎖が有効であるための軍艦数を一定できないのと同じである。
 (5)行動区域が広き範囲にわたることがある。しかし、実効性を担保する軍艦の数などにより制限されるから、航海中に封鎖が解除されるかも知れないとの予測を立てて、封鎖侵破の意思なく封鎖港に航海する船舶が居るような遠き海には及ばない。
 この宣言編纂委員会では、日本は行動区域800浬、米国は千浬を主張した。結局、一定不動の浬数で定められないことになった後にも、米国は480浬を主張したが、これに対する明確な反論はなかった。


 ロンドン宣言は狭義の追跡権を認めた
 
  上記のようにロンドン宣言第17条は、原則として、封鎖艦隊の行動区域内でのみに封鎖侵破船舶を拿捕できるとしたが、例外として、狭義の追跡権を認めた(第20条)

第20条 封鎖を破つて封鎖港を出発する船舶及び封鎖港に航入すことを企てる船舶は、封鎖艦隊所属の軍艦がその追跡を継続する間は、拿捕することができる。
既に追跡を抛棄したか又は封鎖を解除した場合には、これを拿捕することができない。
 

 編纂委員会では、既に追跡を放棄した場合とはいかなる意味か、議論された。この委員会が作成した報告書の中では、「追跡の抛棄せられたりや否やの問題は事実問題にして、船舶が中立港に入れることに依り直ちに追跡の抛棄ありと認むるを得ぬと為したのである。追跡軍艦が侵破船の中立港より出づるを待つ場合に於ては、追跡は停止さるるも、抛棄されたと言ふを得ないとするのである」(629~630頁)と記されている。

 連続航海主義と封鎖の関係

  入港による封鎖侵破の場合、連続航海主義との関係が出てくる場合がある。米国は、南北戦争の際、封鎖港以外を到達港として航行した船舶が、その港で載貨を別船に積み替えて封鎖港を目指す場合、最初の航海の段階で封鎖侵破が成立するとした。

  しかし、封鎖とは、元来、船舶が封鎖艦隊の監視を侵して封鎖区域に近付くのを禁止するものだから、封鎖には連続航海主義を認めないのが常である。ロンドン宣言第19条も、連続航海主義を認めない。

第19条 船舶又はその載貨のその後の仕向け地がどこであるかにかかわらず、船舶が現に封鎖されていない港に向かつて航行する場合には、封鎖犯として拿捕するのに充分な理由がないものとする。


  しかし、世界大戦の際、英仏は、ロンドン宣言全体に依らなくなる以前に、1916年7月に第19条の適用を廃止し、連続航海主義の適用を認めた。

  米国も1917年訓令で、ロンドン宣言の定めた封鎖艦隊の行動区域の拘束を認めない。対して、ドイツは、封鎖艦隊の行動区域の拘束を認めた。
 
 第一次世界大戦後

 世界大戦後になると、1939年ドイツ捕獲規程は、大体において、ロンドン宣言の主義による。イタリアもそうである。英米はアングロサクソン主義によると思われる。1934年仏海軍訓令は、ロンドン宣言の主義によるが、封鎖については連続航海主義を認めた。

第五節 封鎖侵破の結果
 第一款 封鎖侵破を行へる船舶の拿捕  第二款 封鎖侵破の制裁
 
 

  封鎖侵破船の拿捕 

  では、封鎖侵破と見做された船はどうなるか。拿捕されるのであるが、現行中の封鎖侵破船だけが拿捕できる。しかし、所謂現行の時期の長短に関して議論がある。アングロサクソン主義では、封鎖港に向かって出航した時から最初の出航港に達するまでを現行中と見做す。

  フランス主義では、封鎖線を通過し又は通過せんと試みるときに限りて現行中と見做す。そして、狭義の追跡権を認め、封鎖艦隊に属する軍艦が封鎖線より追跡し、追跡が継続する間のみ拿捕できるとする。

  封鎖侵破船拿捕の結果、船内の載貨は押収される。

 封鎖侵破の制裁

 拿捕したに対しては、制裁できる。封鎖が有効な間だけ拿捕できるのであるが、解除前に拿捕した船舶は解放する必要はない。封鎖侵破の船舶として制裁できる。

 では、制裁の中身はどういうものになるか。大陸主義の或る国では、侵破の船舶及び全載貨を没収する。

 アングロサクソン主義では、第一次世界大戦前までは、封鎖侵破の船舶とともに、船舶所有者の所有の載貨と戦時禁制品を没収した。更に、載貨の所有者が、載貨積み込みの際、封鎖港が仕向け先であることを知らなかったことを証明できない載貨を没収したのである。

 ロンドン宣言第21条は、次のように記している。

第21条 封鎖犯を犯したものと認められた船舶は、没収する。その載貨についてもまた、同じである。但し、荷積人が載貨を積み込んだ当時その封鎖を破ろうとする意図を知らないか、又は知ることができなかったことを証明するときは、この限りでない。 

 封鎖に関する連続航海主義を認めた米国の捕獲裁判所の判決例 

  封鎖についても連続航海主義を認めた米国の捕獲裁判所の判決例では、載貨の仕向け先が封鎖港だということを、船舶所有者が知らなかった場合、別船に積み替えて封鎖港に仕向けられた載貨だけを没収し、船舶を没収しないとした(スプリングボツク号事件)。

 封鎖侵破船舶の船員の位置付け 

  封鎖侵破の船舶の船員については、昔は犯罪人と見做したり、俘虜としたこともあった。だが、今日では、ただ証人と為す必要があるという理由から、抑留することがあるだけである。
 
 封鎖侵破船が敵船や封鎖国船、その同盟国船である場合
 
  封鎖侵破船は、中立船であるとは限らない。敵船の場合もある。その場合には、他の敵船に対する場合と異なり、原則として中立貨も没収することができる。

  また、稀ではあるが、封鎖国船やその同盟国船である場合もある。封鎖国船やその同盟国船の場合には、封鎖侵破に関する制裁以外に、敵国との交通に関する刑法上の制裁問題を生ずる。

  

第二篇第六章 封鎖 第三節 封鎖の効果 第六節 封鎖の終止

 第三節 封鎖の効果 第六節 封鎖の終止 

 第二節では封鎖の成立又は有効要件を見てきた。では、封鎖が有効であれば、いかなる効果を及ぼすか。

 封鎖侵破船を拿捕し没収できる

 まず、原則として、封鎖地域内に入港しようとする、封鎖地域内から出航しようとする船舶は、封鎖侵破として拿捕できるし、捕獲審検所の検定を経て没収することができる。し得るに至る。

 封鎖は、主として中立船舶に効果を及ぼすが、稀に敵船舶に及ぶことがある。敵国船舶が封鎖侵破すれば、船舶自体と共に、その中の載貨も、中立人の載貨であろうと、原則として没収することができる。ただし、中立載貨の場合、載貨積み込みの段階で封鎖侵破の意思を知らなかったこと、又は知りようがなかったことを証明すれば、没収を免れる。

 封鎖は出入りをすべて禁止するものである

  封鎖は、封鎖地域への出入りをすべて禁止するものである。しかし、特に入港だけを禁止し、出港を自由にする事例もある。クリミヤ戦争の際、1854年、英仏等の同盟諸国は、ダニューブ河の河口を封鎖したが、入港だけを禁止した。

  また、一般の船舶の出入りを自由にして、特定の載貨を積んだ船舶だけを出入禁止にする例もある。上記1854年の例では、英仏両国は、ロシア軍用の食料品の輸送を禁じたのみであった。また、1806年、英国は、北海沿岸一帯を封鎖したと称したが、戦時禁制品、敵貨又は敵国産の貨物を輸送する船舶以外は、特に出入りを禁止しなかった。

  このような変例があるけれども、いやしくも実効的な封鎖がなされれば、海方面からの船舶による全ての交通及び通信を遮断できるのである。故に次の二つのことができるのである。
 1、船舶による人又は貨物の輸送を妨止すること。
 2、封鎖港と行き来する信書の不可侵は、封鎖侵破を行う船舶内に在るものについては認めなくてよいこと(海戦に於ける捕獲権行使の制限に関する条約1条②)。
 3、海洋方面からの船舶に依らない交通交信を妨止すること……
  ・例えば、海底電線の切断
  ・無線電信による交通交信の妨害
  ・飛行機による交通交信の妨害
 

 封鎖の終止する場合

  以上のような効果を有する封鎖は、次ような場合に終止する。

 (一)封鎖艦隊による封鎖の解除
 
  当然ながら、封鎖艦隊が封鎖を止める時、封鎖は終了する。この場合には、中立の地位にある諸海上国に封鎖解除の告知を行うことを例とする。ロンドン宣言第13は、全ての中立国政府及び封鎖地域の地方官憲に対して告知することを、封鎖施行国の義務としている。

 (二)封鎖の実効の終止する場合 

  次に、封鎖の実効性が失われた時、封鎖は終止する。これには、3つの場合がある。

 (イ)封鎖艦隊が敵により封鎖地域の前面より追われる場合
  この場合は、再び艦隊としては戻ってくるつもりでも、一旦、封鎖は終了する。再び戻ってきたら、また、新たなる封鎖の宣言及び告知を行う。

 (ロ)封鎖艦隊が封鎖と関係なき任務のために封鎖地域を離れる場合
  例えば南北戦争の際、1861年、米国政府軍のナイヤガラ号がチャールストンを封鎖した。だが、他に任務ができたため封鎖地域を離れ、5日後にミネソタ号が封鎖の任務を受け継いだ。この場合、封鎖は有効ではないとされた。

 (ハ)封鎖艦隊が封鎖に関係する任務のため一時封鎖地域を離れる場合
 例えば封鎖侵破船を追って封鎖地域を離れた場合が該当する。この場合、アングロサクソン主義では、封鎖は効力を失わない。ロンドン宣言では、明文なきも、封鎖が効力を失うと認めているようである。

 (三)封鎖艦隊が各国船舶に対して公平なるべきの要件に反する場合

  例えば、英国とロシアの戦争に於いて、ロシアのリガを封鎖した際、英国はロシア船による貨物輸出を許した。しかし、中立船舶の出入りを禁止した。

  この場合、封鎖は効力を無くしたとみなされ、封鎖侵破として拿捕されたデンマーク船フランシスカ号は、解放された。ロンドン宣言も公平であるべきことを規定している(第5条)。

 (四)封鎖地域が封鎖艦隊の属する国又は其の同盟国の占領に帰した場合

 (五)戦争状態の止みたる場合


 封鎖の終止まで説明してきたが、次回は、封鎖に関する最も中心的なテーマである封鎖侵破の問題について見ていく。

第六章 封鎖 第一節から第二節 封鎖の性質、要件

 補給戦において重要なのは、戦時禁制品の輸送を阻止するために行う臨検・拿捕・没収と戦時封鎖である。第五章では戦時禁制品に関して見てきたが、第六章では戦時封鎖について説明している。第六章の目次構成は以下の通りである。

第六章 封鎖
 第一節 封鎖の性質
 第二節 封鎖の施行及封鎖の有効要件 
 第三節 封鎖の効果
 第四節 封鎖の侵破及其成立要件
 第五節 封鎖侵破の結果
 第六節 封鎖の終止
 第七節 世界大戦及第二次ヨーロッパ戦争の封鎖 


 今回は、第一節と第二節を見ていくこととする。

 第一節 封鎖の性質       

 封鎖とは何か

 封鎖の定義からであるが、「封鎖(blockade)とは、海軍力が単独に、又は空軍力に助けられて、一定の敵港又は一定の敵地沿岸の、海洋方面よりする交通を遮断する戦争行為」である。将来の封鎖では、空軍力のみによる交通遮断の場合もあり得るだろう。

 現在は、特に航空機に対する封鎖も同時に宣言しなければ、航空機が封鎖地域に近づいても封鎖侵破とはならない。

 封鎖に関するフランス主義とアングロ・サクソン主義

 封鎖は、元来、敵港に対する交通遮断であり敵に対する戦争行為である。だが、中立船の出入防止が封鎖の主要効果であるから、主に中立法規関係の問題となる。

 封鎖の根本観念については、フランス主義とアングロサクソン主義との間で対立がある。フランス主義の根本観念は、封鎖は交戦国間の作戦行動であるというものである。従って、フランス主義においては、中立船に対する効果は、封鎖艦隊の監視する封鎖線を通過しようとして初めて生ずる。

 これに対して、アングロ・サクソン主義の根本観念は、封鎖は、中立国人が海上より敵国封鎖地域と交通通商するのを、実力を以て妨止する手段であるとするものである。

 両主義の違い 

 両主義の違いは、
   1、封鎖成立の寛厳(緩いのがアングロサクソン主義、厳しいのがフラスン主義)
   2、封鎖侵破の現行の長短(長いのがアングロサクソン主義、短いのがフラスン主義)
   3、侵破船拿捕区域の広狭(広いのがアングロサクソン主義、狭いのがフラスン主義)
   4、各別告知の要、不要(不要がアングロサクソン主義、必要がフラスン主義)
等にわたる。

 理論的には、封鎖は元来敵に対する作戦行動だからフラスン主義が妥当である。対して、沿革的にはアングロサクソン主義が重要である。封鎖という制度は、交戦国がもつ戦争上の必要性と、中立国が有する通商交通上の正当利益とを調和する折衷的な実際の慣行に基づいてできたものである。そして、実力を以て設定する封鎖地域以外では一般的に中立船の交通を妨止できないことが確定した。

 封鎖と攻囲の区別 

  封鎖は、攻囲(siege)と区別しなければならない。封鎖は元来攻囲から分化したものである。16、17世紀のオランダ独立戦争の時代、和蘭は、スペインの権力下にあったフランダース地方の港津に対して攻囲を行った。この攻囲が、封鎖という特別の制度として認められた。そして17世紀末頃、封鎖は、「戦時禁制品の輸送を防止するに止まらずして、外部との一切の交通を交通を遮断する性質を有するものとして」(603頁)、広く認められるようになった。

 しかし、現時では、封鎖と攻囲は全く別物である。攻囲は主として陸軍力で行われ、必ず敵の兵力の占拠する場所に対して行われる。封鎖は主として海軍力で行われ、必ずしも敵の兵力に対するものではない。

 戦略上の封鎖と商業上の封鎖

 ただし、封鎖が攻囲の一部である場合もあるし、敵の海軍力に対する場合もある。これを戦略上の封鎖という。

 また、沿岸付近に敵の海軍力がなく作戦行動も行われていないのに、沿岸地方の交通、通商を遮断する目的で宣言されることもある。これを商業上の封鎖という。

 中立国の通商の自由を重んじる立場から、商業上の封鎖を禁ずるべしとの説があるが、商業上の封鎖は、現実国際法上で禁止されていない。

 紙面封鎖の禁止

 封鎖制度が認められるようになると、封鎖艦隊による実力を備えないのに、単に封鎖宣言を行う、所謂紙面封鎖が行われるようになった。そこで、ロシアを中心とする第一及び第二の武装中立連盟は、封鎖が実力を以て維持されるべきことを主張し、英国に抗議した。この主張は、1856年パリ宣言第四則で認められ、敵国の海岸に到達することを防止するに十分な兵力を要するとの原則が定められた。ロンドン宣言も、この原則を確認した。
 
封鎖は、沿岸の占領、沿岸の征服ではない 

  封鎖を沿岸の占領又は征服と捉えて封鎖制度を説明しようとする者がいる。しかし、「封鎖は沿岸の占領にもあらず、沿岸の征服にもあらずして、実力を以て海洋の方面よりする敵地の交通を遮断するの戦争行為である」(604頁)。国際法が封鎖という戦争行為を認めたから中立船舶に効果を及ぼすのであって、他の法則を借りて説明しようする必要はない。

 なお、大陸諸国はロンドン宣言の主義によろうとする傾向が強いのに対し、英国は在来のアングロ・サクソン主義に依らんとする傾向がある。

 第二節 封鎖の施行及封鎖の有効要件 

  第一節に続いて第二節を見ていくが、第二節の目次構成は次のようになっている。

 第二節 封鎖の施行及封鎖の有効要件
  第一款 封鎖を行い得べき地域
  第二款 封鎖施行の権限ある交戦国の機関
  第三款 封鎖の宣言及告知
  第四款 封鎖の実効 
  第五款 封鎖の実効の継続
  第六款 各国船舶に対する公平


第一款 封鎖を行い得べき地域  第二款 封鎖施行の権限ある交戦国の機関

 封鎖の対象地域 

 まず封鎖を行える地域であるが、敵港だけではなく、敵地の沿岸一帯に対して封鎖を行うことができる。敵が防御した海岸でも防御していない海岸でも可能である。南北戦争の時には、米国政府軍は、2500海里にわたる南部諸州の海岸に対して封鎖を行った。

 敵国の領土に対してだけではなく、敵軍が占領した土地の港や海岸に対しても封鎖することができる。第一次世界大戦では、連合軍側は、ドイツが占領したベルギーの海岸に対して行った。ロンドン宣言第1条は、「封鎖は、敵国又は敵国占領地の港及び沿岸に限り施行すべきものとする」と規定している。

 ただし、敵国の領土であっても、自国軍や同盟軍が占領した地方の港津や海岸を封鎖することは出来ない。

 河川をめぐって

  河川については、国内河川(河川の水源から河口に至るまで同じ国を流れる河川)の場合、敵国は河口を封鎖することができる。しかし、二か国以上の国を流れる河川については、その中に中立国がある場合には、河口全体を封鎖することは出来ない。

 ただし、中立国沿岸に向かう船舶は拿捕せず、敵国沿岸に向かう船舶だけ拿捕する場合は封鎖可能と言えるが、こんなことを実行できる河川はほとんどない。

 狭義の国際河川(航行の自由を条約上認められる)については、封鎖は全面的に許されないという説が有力である。ロンドン宣言は「封鎖艦隊は、中立港及び中立沿岸に接到することを遮断することができない」(第18条)との規定を置いただけである。

 海峡の両岸が同じ国に属するところ

  次に海峡について見ると、海峡の両岸が同一国に属するところでは、その国の内海又は海湾に通ずる場合は、封鎖が可能である。これに対して、海峡から連絡する水域が左右共に公海に属する場合については、議論がある。その海峡が国際的航海の欠くべからざる通路にあたるときは封鎖が不可である。欠くべからざる通路にあたらないときは封鎖が可能である。

 しかし、欠くべからざる通路にあたるダルダネルス・ボスポラス海峡については、1915年6月、英仏は小アジア沿岸の封鎖を行った時、ダルダネス海峡の入口を含ませたことがあった(1936年のモントルー条約で締約国は封鎖できないと規定された)。

 海峡の両岸が異なる国に属する所

  海峡の両岸が異なれる国に属するところでは、どうなるか。敵国領土(又は占領地)たる海峡の沿岸に対する封鎖を宣言して、封鎖艦隊が海峡の両入口に配置され、敵地に仕向けられた船舶を拿捕できる場合には封鎖を行うことができる。しかし、これができなければ、封鎖は不可である。
 
 所謂国際運河について
 
 海峡に続いて運河であるが、同一国の領土を貫流する運河は、その河口を封鎖できる。しかし、スエズ運河及びパナマ運河といった所謂国際運河(両公海を連絡する運河にして国際条約で特別の地位に立つもの)については、これら運河の国際条約締結国は封鎖をできないのである。

 封鎖施行の権限ある交戦国の機関

  封鎖の施行は、交戦国の権限ある機関が行うべきである。中立国の通商に大きな影響を与えるから、鄭重に行わなければならない。ロンドン宣言第9条①項は、「封鎖の宣言は、封鎖を施行する国又はその名において行動する海軍官憲が行わなければならない」と規定している。

 交戦国は、特定の港又は沿岸に対する封鎖施行権限を、艦隊又は軍隊の指揮官に与えることができるし、必要な場合には、一般的に封鎖施行の権限を与えることも出来る。

 艦隊の最高指揮官は、封鎖の施行権限を持つと推定される。最高指揮官が明白に権限を与えられなければ、封鎖施行後に政府による追認がない場合には、封鎖は初めから有効ではなかったものと認められることになる。

 第三款 封鎖の宣言及告知 宣言の後に告知が必要か

  封鎖は宣言から始まる。しかし、封鎖が有効に成立するためには、宣言の後に告知が必要か否かについては、議論がある。大陸の学者は、多くは告知が必要とする。アングロサクソン法系の国の学者は、告知がなくても、中立船が封鎖の事実を知れば封鎖が成立するとする。

 告知を必要とする大陸系の学者も、いかなる告知が封鎖施行の為に必要かについて、意見が分裂している。
   ⅰ 一般的告知、地方告知、各別的告知の三者が必要……クレーン
   ⅱ 一般的告知と地方告知が必要……ブルンチュリ、ゲスナー
   ⅲ 各別的告知のみが必要。一般的告知はあった方が望ましいが。……オートフュイユ、フォーシル
 

 国際の実践では地方的告知と一般的告知を行う

  国際の実践では、海軍指揮官が、封鎖宣言を行い、地方的告知を行う。すなわち、封鎖の施行される沿岸の地方官憲と外国領事に対して告知を行う。また、封鎖を施行する政府は一般的告知を行う。すなわち、政府が、外交手段に依り、一般に中立海国に対して告知する。そして、フランス、イタリアなどの大陸の或る国は、外から封鎖海域に近づく中立船に対して、常に封鎖の施行を各別に告知した。即ち、各別的告知である。

 これに対して、アングロ・サクソン諸国では、海の方面よりの接到が遮断され、封鎖が事実上行われれば法律上にも封鎖は成立したとみなされる。ただ、一般的告知がない場合に船長が封鎖の存在を知らない時には、封鎖侵破にならないとした。これらの国では、一般的告知のない、所謂事実上の封鎖というものを認めるのである。

 日本は、第一次世界大戦以前ではアングロサクソン主義に拠ったが、世界大戦ではロンドン宣言の主義に拠った。

 封鎖宣言

 ロンドン宣言は、封鎖が有効に施行されるには、宣言と三つの告知が必要とした(第8条、第11条、第16条)。
 封鎖宣言は、封鎖を宣言する国家またはその名で行動する海軍官憲がしなければならない。宣言中には以下のことを記す。(ロンドン宣言第9条)
  (一)封鎖開始の時日
  (二)封鎖地域の地理上の限界
  (三)封鎖施行の際、封鎖地域内にある中立船に許容すべき退去の猶予期間
 

  (一)(二)に関して宣言の記載通りに行わない時は、宣言は無効となる。新たに宣言を要する(第10条)。宣言上の時日と地域が実際と一致しなければならないのは、ズレた部分について、封鎖を行う国は不当の利益を得ることになるからである。ただし、封鎖が宣言日より早く施行された場合は、宣言日以降の封鎖は有効である。また、封鎖が宣言に記されたよりも広い区域に及ぶ場合は、宣言に記された地域内については、有効である。

  (三)にある、退去の猶予期間は、慣例上一定しない。近時の戦争では、短きは1日、長きは40日の例がある。猶予期間が明定されていない場合は、宣言は無効とはならない。しかし、宣言に猶予期間を明記して補修しない間は、封鎖港から出て行く中立船を自由に任せるしかなく、阻止できない。ただし、封鎖された事実を知りながら入港した侵破船舶の出港は、阻止できる。

  退去の猶予期間は、いつでも、艦隊指揮官が地方相当官憲に対して宣言補修の告知を為せば、補修することができる。

 封鎖成立の条件は宣言と一般的告知のみである 

  ロンドン宣言第8条と第11条は次のように規定している。

第8条 封鎖が有効であるためには、第九条の規定により宣言し、且つ、第十一条及び第十六条の規定により、告知することが必要である。

第11条 封鎖の宣言は、次の官憲に対して告知しなければならない。
 一 各中立国
  右の告知は、封鎖を施行する国において直接に中立国の政府にあてた公信又は封鎖を施行する国に駐在する中立国の代表者にあてた公信をもつて行わなければならない。
 二 地方官憲
  右の告知は、封鎖艦隊の指揮官が行う。地方官憲においては、なるべくすみやかに封鎖港又は封鎖沿岸でその職務を執行する外国の領事館にこれを通知しなければならない。 
 

  この二つの条文からすれば、封鎖が有効に成立するためには、各船に対する各別的告知は不要であり、封鎖宣言に関する一般的告知(第11条二号)と地方的告知(同二号)が必要であると読める。

  しかし、更に第16条②項を読むと、各別的通知だけではなく、地方的通知も封鎖成立の有効要件ではないことが分かる。

第16条① 封鎖港に接到する船舶であつて封鎖の存在を知らないか又はこれを知つていたものと推定することができない場合には、封鎖艦隊に属する軍艦の士官は、この船舶に対してその告知をすることが必要である。右の告知は、その船舶書類に記入され、これをなした日及び時並びに当時におけるこの船舶の地理上の位置を明記しなければならない。

第16条② 封鎖艦隊の指揮官の怠慢によりまだ封鎖の宣言を地方官憲に告知しない場合又は告知した宣言中に退去期間を規定しない場合には、封鎖港を出発しようとする中立船舶は、封鎖線を越える自由を有する。


 上記のように、第16条②によれば、封鎖艦隊指揮官の怠慢により地方的告知がなされなくても、中立船舶が封鎖港から自由に出て行くのを阻止できないだけであり、封鎖港に入っていこうとする中立船舶を阻止できる。即ち、封鎖は、地方的告知がなくても成立するのである。すなわち、地方的告知も成立要件ではなく、宣言の一般的告知だけが成立要件である。

 一般的告知の仕方 

   一般的告知の仕方であるが、「直接に中立国の政府にあてた公信」又は「封鎖を施行する国に駐在する中立国の代表者にあてた公信」で行う。「駐在する中立国代表者」とは大使、公使のことである。

  封鎖の一般的告知を受ければ、中立国政府は、その封鎖地域内、特に港津において宣言が周知されるような手段を執るべきである。

 地方的告知の仕方

 次に、地方的告知の仕方であるが、封鎖艦隊指揮官が港官憲などの地方相当官憲に告知が届くように適当の方法をとる。時に軍使船を派遣したり、稀に無線電信を使ったりする。青島封鎖の例がそうである。ドイツは、1939年の捕獲規程で、地方的告知は無線電信で充分とした。フランスは、1934年の海軍訓令で、無線電信を原則とし、出来得れば軍使を用いるべしとした。

 一般的告知と地方的告知の目的

  一般的告知の目的は、中立国政府に、その国の船舶関係者及び商業関係者に対して封鎖の施行を告知する手段を執らせることである。地方的告知の目的は、封鎖地域に在る中立商船に封鎖施行の事実を知らせ、封鎖宣言に記載した退去期間内に封鎖港を去らせることである。

  以上の規則は、封鎖の拡張の場合、封鎖を解除した後に更に封鎖を施行する場合などにも、適用される(第12条、第13条)。

 第四款 封鎖の実効 第五款 封鎖の実効の継続                        
 封鎖は実効を備えねばならない事
 
  封鎖の要件としては、封鎖の宣言及び一般的告知とともに、封鎖が実効を備えねばならないことを挙げなければならない。封鎖の実効性は18世紀末から19世紀初めの武装中立同盟が主張したところであったが、19世紀初頭でも、所謂紙面封鎖が行なわれていた。

   現在では、封鎖の実効性が要件として認められており、船舶が封鎖された港又は沿岸にに接到することを妨止するに十分な兵力で封鎖を行う必要があることが、普く認められている(パリ宣言第四則)。
 
 封鎖艦隊の実力をめぐるフランス主義とアングロサクソン主義 

 しかし、実際に於いて商船の接到を妨止するに足る実力如何に関して、学説は分かれている。フランス主義の学説では、典型的には、封鎖の現場に所謂封鎖線を為す一列の軍艦を定置するとき、実効性があるとされる。しかし、今日では魚形水雷、無繫維自働触発水雷、潜水艦等が存在するから、一列の軍艦を定置しても封鎖の実効性が完全にはならないから、フランス主義は現実的ではない。

 対してアングロサクソン主義では、軍艦の定置は不要であり、「巡邏を為す艦隊に依るも、苟も、封鎖されたる場所に商船の出入りすることを危険ならしむる程度の監視を為す封鎖艦隊を存するときは、封鎖の有効ら必要なるな実力を備ふるとことを認め得べきである」(613頁)。ドイツの学説もこの点ではアングロサクソン主義と同じであり、現時では、この思想が実例で広く行われていると言える。実際、南北戦争の際、合衆国政府軍は、400隻の巡洋艦で2500海里もの南部諸州の沿岸を封鎖したが、封鎖の実効性を争う中立国は存在しなかったのである。

 とはいえ、所謂封鎖港と非封鎖港とで海上交通が維持されている時は、封鎖の実効性は存しないと言うべきである。
 結局、封鎖が有効であるために必要な実力とは、一律に定まるものではなく、各場合のその時の事情によって定めるべきものである。すなわち、事実上の問題とすべきである。ロンドン宣言も第3条で「封鎖に関し実力を用いるかどうかの問題は、事実上の問題とする。」と定めている。

 艦隊又は軍艦と封鎖される場所との距離 

  従って、艦隊又は軍艦が封鎖される場所から必ずしも近距離にある必要はない。事情により、遠距離にいてもよい。クリミヤ戦争の際、ロシアのリガ港は、リガ港から120海浬離れた地点で一軍艦によって封鎖された。軍艦が居たその地点は、リガ湾に入る唯一の航道たる幅3浬の所であった。

 封鎖の実効に関して争われる問題 

 封鎖の実効に関して、次の場合に議論がある。
 ・封鎖艦隊が陸上に砲台を作り、その砲力に依り実力を補えられるか
 ・石材封鎖(石材又は石材を積載した船を沈める)で、補えられるか
 ・敷設水雷により実力を補えられるか
 

  多数の学説は、上記三種とも是認しない。攻囲の性格を有する戦略上の封鎖の場合は、三種とも許される。

  しかし、単純なる通商上の封鎖では、陸上砲台も敷設水雷も許されない。自働触発水雷の敷設に関する条約第2条が「単に商業上の航海を遮断するの目的を以て、敵の沿岸及港の前面に、自動触発水雷を敷設することを得す」と規定しているのは、通商上の封鎖の場合も自働触発水雷の敷設を禁止する趣旨だと解すべきである。

  これに対して、潜水艦が普通の軍艦と同じく規則を守るならば、潜水艦によつて封鎖艦隊の実力を補うことができる。また、将来の封鎖では、封鎖艦隊は航空機の力を借りなければ封鎖できないであろう。航空機が封鎖された地域と海洋方面の交通を行うのを防止するには、航空機の助けが要るからである。

 封鎖の実効の継続

 封鎖艦隊が、封鎖地域に近付こうとする船舶が拿捕される危険を感じる程度の十分な実力を失くした時には、封鎖は当然、終止すべきである。例えば、次の場合である。
 ・封鎖艦隊が敵に追われて封鎖地域を離れた時
 ・封鎖に関係なき任務のために封鎖地域を離れた時
 ・封鎖艦隊が任意に封鎖地域を撤退した時


 だが、封鎖地域を離れた理由が天候険悪の場合は、封鎖解除とは認められない(ロンドン宣言4条)。従って、天候険悪の際に、封鎖艦隊が離れている隙を突いて封鎖港に近づくのは封鎖侵破である。ただし、天候険悪の状態が去れば、直ちに戻る必要がある。

 なお、アングロサクソン主義では、軍艦が封鎖侵破船を追うために暫くの間その場所から離れても封鎖の実効性は継続すると認められる。日露戦争時の日本の捕獲規程第21条②項も同じ立場を採っていた。
 しかし、ロンドン宣言は明言せぬ。立によれば、若し一時でも封鎖の実効が失われれば、封鎖艦隊の実力継続も認めないとするのが宣言の立場である。

第六款 各国船舶に対する公平              
 
 各国船舶に対する公平性

  封鎖の一般的告知、封鎖の実効性に続いて、封鎖が有効に成立しているためには、各国船舶に対する公平性という要件も充たさなければならない。封鎖は、各国船舶に対して公平に適用すべきであるし(宣言第5条)、公平を失う時は、封鎖は有効でなくなる。

 海難に遭った商船に対して

  ただし、海難に遭った商船に対する、次のような特別扱いはできる。
  ・海難から救う
  ・避難者を封鎖地域より他に移す
  ・食料品・医療材料を封鎖地域に入れる
 

  ロンドン宣言は、中立国船舶が海難に遭った場合について次のように規定している。

第7条 中立船舶は、封鎖艦隊に属する官憲がその海難に遭遇したことを認定した場合には、載貨の積卸を行わないことを条件として、封鎖地域内に航入し且つ出発することができる。

   このように、海難救助に必要な場合には、載貨の卸下又は積載をしないことを条件にして、海難に遭った中立国商船を封鎖地域に出入りさせることができる。さらに、この条件以外に、封鎖艦隊の指揮官は条件を設けられる。また、封鎖艦隊指揮官は、自ら海難救助をできるときは、救助を与えて封鎖地域への出入を不許可に出来る。

 中立国軍艦に対して

   中立国軍艦に対しては、封鎖艦隊指揮官は、出入りする許可を与えられる(第6条)。しかし、中立国軍艦は、封鎖港に入る権利をもつわけではない。封鎖艦隊は、中立国軍艦が封鎖地域内に入るのを防遏できる。また、一つの中立国軍艦の出入りを許したからと言って、全ての中立国の軍艦の出入りの許可を与えねばならないわけではない。各場合に応じて個別判断できる。

  中立国軍艦が封鎖地域に入る際、滞在時間などの必要な条件を課すことができる。ただし、中立国軍艦は、中立国商船と異なり、封鎖侵破の理由から拿捕没収することはできない。
 
 封鎖地域駐在の外国公使又は領事と本国政府との公務上の通信

 最後に、封鎖地域に駐在する外国の公使又は領事は、本国政府との公務上の通信をどうすればよいのであろうか。
 この場合に於ける公務上の通信は許されるのが通例である。しかし、軍事上の必要があれば、封鎖艦隊側は、封緘を禁じたり、封鎖艦隊が自ら信書を伝送する事務に当たってもよいこととなる。そうなれば、中立船が信書を運ぶことはなくなるのである。


第二篇第五章第四節 戦時禁制品輸送の結果

 ここまで戦時禁制品の認定について見てきたが、戦時禁制品と見做されれば、いかなる結果が待っているだろうか。この問題については、第五章第四節で説明している。第四節の目次を掲げよう。

第五章 戦時禁制品
 第四節 戦時禁制品輸送の結果
   
   第一款 戦時禁制品輸送船舶の拿捕
   第二款 戦時禁制品に関する制裁 


  交戦国は、戦時禁制品の輸送に従事する船舶を拿捕できるし、また、戦時禁制品自体に対する没収などの制裁を加えることができる。第一款では船舶の拿捕について説明し、第二款では禁制品自体に対する制裁を説明している。

 戦時禁制品輸送船舶の拿捕

  船舶の拿捕から見ていけば、交戦国は、公海又は両交戦国の領海内のいかなる場所でも、戦時禁制品を運んでいる中立船舶を拿捕することができる。敵港である仕向け港に達する前に中間港に寄港する予定であっても拿捕することができる(同第37条)。しかし、条件付禁制品については、中間港で陸揚げされない場合でなければ拿捕できない(同第35条①)。

  拿捕できると言っても、中立領域で拿捕を行う時は、中立侵害となる。また、現に戦時禁制品の輸送を行っている間のみ、禁制品輸送船舶を拿捕できる。既に禁制品を卸してしまった後に、禁制品輸送を理由として拿捕することはできない(同第38条)。仮に虚偽の船舶書類によって戦時禁制品を輸送した船舶があったとした場合、在来のアングロサクソン主義諸国の慣例では禁制品を卸した帰りの航路でも拿捕できるとしていたが、ロンドン宣言は、虚偽書類の理由で以て後から拿捕することは出来ないとした。
 
 戦時禁制品に関する制裁の沿革

 次に禁制品自体に対する制裁について言えば、往時、禁制品自体だけではなく、禁制品を輸送する船舶ならびに船舶内の他の載貨も没収することがあった。逆に、稀の例だが、禁制品自体を没収しないこともあった。すなわち、16世紀フランス勅令では、没収せず、単に価格を払って押収する制度であった。その後百年ほど経つと、1681年勅令で、禁制品自体の没収を認めたるようになった。一般に言えば、禁制品自体の没収が行われた。

 現時、禁制品自体の没収は普く認められる

  現時では、禁制品自体を没収できることは、普く認められる。但し、条件付禁制品については没収せず、競買(売)を行い、貨物の価格を支払うことがある。ロンドン宣言においては、条件付禁制品も、絶対的禁制品と同じく没収できるが、条件付禁制品を競売(買)することを禁じていないのは言を俟たない。

 船舶側が戦争開始又は戦時禁制品の宣言を知らない時

 船舶側が戦争開始を知らないまま航海中軍艦に遭遇した場合はどうなるか。また、その船舶に載せている貨物に適用すべき戦時禁制品の宣言を知らない場合はどうなるか。そして、戦争開始も戦時禁制品の宣言も知ってはいるが、戦時禁制品たる物品を未だ陸揚げする機会を得られない場合はどうなるか。

  ロンドン宣言は、これらの場合には、船舶は抑留できるが、戦時禁制品たる物品は賠償を払わなければ没収できないとした。そして、該船舶及び載貨の残部について捕獲者が支出した費用の支弁は、船舶側は免除されるとした(第43条①)。

 但し、交戦国が中立港所属国に対し、適当の時期に戦争開始の通告又は禁制品の宣言の告知を行った後に、船舶が中立港を出港したときはそれらの事実を知っているものと見做す。また、船舶が戦争開始後に敵港を出発した時は、戦争開始を知っているものと見做すとした(第43条②)。

 船舶の制裁について各国の慣例の差異

 船舶の制裁については、各国の慣例の差異は大きい。アングロサクソン主義では、船舶を没収する場合は以下の通りである。
 ・船舶の所有者が禁制品の所有者と同一人物なるとき、
 ・船舶が禁制品輸送のため、虚偽の書類を以て航海するとき
 ・船舶所属国との条約で輸送が禁止された貨物を、船主が知りて輸送する時
 ・船舶の所有者若しくは船長が通謀して禁制品を輸送するとき
 

  最後の「通謀して禁制品を輸送するとき」としては、船舶所有者または船長が、禁制品輸送の事情を知りながら、軍艦の艦長に対して貨物を隠蔽したり、其の性質を偽るような場合が該当する。イギリスでも、船舶所有者が禁制品たることを知り輸送するときは船舶を没収できるのが現行法である。

  これに対して、大陸では、載貨の多くが禁制品である時、その船舶を没収すべしとの主義がある。かつてのロシアは4分の1以上、かつてのフランスは4分の3以上の時、没収できるとの制度であった。

 日本では、日露戦争の際、航行の目的が戦時禁制品の輸送にある時は、その船舶を没収すべきとする判決例がある。

 ロンドン宣言上、船舶を没収できることとなる禁制品の量

  ロンドン宣言では、大陸主義に基づき、禁制品が価格上、重量上、容積上又は運賃上、全載貨2分の1以上の場合、船舶を没収できるとした(第40条)。第一次世界大戦の時は、当初全体としてロンドン宣言の規則を採用したので、日本、英国、フランス、ロシアも、この主義によった。1916年7月以降にロンドン宣言に依ることを止めた後も、第40条については、これを守ることとした。

 拿捕者の支弁した費用の負担

  船舶が没収されない時も、戦時禁制品を輸送する船は、拿捕者の支弁した費用を負担しなければならない。即ち、捕獲審検所における審検手続の費用、審検中の船舶及び載貨の保存費用を負担しなければならない(第41条)。
 
 中立船舶の禁制品以外の載貨は没収されない

  中立船舶に載せた禁制品以外の載貨は、没収されないのを原則とする。しかし、ロンドン宣言では、アングロ・サクソン主義に倣い、禁制品の所有者が所有する同一船舶内の他の貨物も没収するとされる(第42条)

 戦時禁制品輸送船舶を没収できない場合---船舶の航海続行を許すとき

  戦時禁制品を輸送する船舶を没収できない場合はどうなるか。或る国では、船長が禁制品を軍艦に引き渡すときは航海続行を許すことになっている。日本や英国では、一切の場合に、捕獲審検所へ引致することとした。ロンドン宣言では、或る国の主義は、採用されなかったが、船長が禁制品を引き渡す意思を持つ時は、事情に鑑みて航海続行を許すことがあるとした(第44条①)。

  そして、禁制品の引き渡しを受けたら、捕獲者は、これを破壊できるとした(第44条③)。しかし、捕獲審検所の検定を受けなければならないから、拿捕者が船舶の航海日誌に禁制品の引き渡しの事実を記入し、船長は必要な船舶書類全ての認証謄本を拿捕者に交付しなければならない(第44条②)。

 船舶を引致する場合

  航海続行を許す場合の外は、船舶を没収できない場合も、船舶の引致は行う。その場合、軍艦の安全又は軍艦が従事している作戦行動の成効を害する場合に於いては、拿捕者は、船舶内にある没収されるべき貨物の引き渡しを要求し、又は之を破壊する権能があるとしたのである(第54条)。

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小山常実

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